TREMOLO [ANNEX]

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真偽



 遠い昔の思い出が見せる夢は目覚める度に己の視野がいかに狭かったかを思い知らす。

 

 

 真偽

 

 

 鍾離は最近よく夢を見る。
 それは目覚めるとともに内容は朧げになり、昼下がりには思い出すことも無くなるものがほとんどだ。
 だが多くの夢の中でたった一つだけ鮮明に覚えているものがあった。
「またあの夢か……」
 視界に入るのは薄暗い寝所の天井で、静まり返った空間はまだ夜明け前だと教えてくれる。
 鍾離は深く息を吐き出すと上体を起こして空間を見渡した。
 寝入る前に聞こえていた虫の音も、獣たちの遠吠えも今は聞こえず、家屋のそばを流れる水音が僅かに聞こえるだけの静かな空間が眼前に広がる。
 鍾離は寸刻己の居る空間を眺め、おもむろに床から降りると水差しに手を伸ばした。
 闇夜を吸って黒く見える飲み水で喉を潤すと、深い息が零れてしまう。
 鍾離は茶器を戻すと傾いた月明かりが差し込む窓辺へと足を進め、己が統治していた国を眺めた。
 港は間もなく目覚めるのだろう。意識を向ければ民の気配がいくつか感じられた。
 長い年月、岩神に守られ繁栄を遂げてきた土地。しかしその神はもうおらず、統治は民に託されていた。
 神の喪失に民達に混乱が無かったわけでは決して無いが、人とは斯くも逞しい。
 日常はすぐに取り戻され、迫る脅威にも力を合わせて立ち向かい、土地は更なる発展を遂げている。
 鍾離はこれまで己が守ってきた民達の命の輝きに薄く笑みを浮かべた。
(『民を信じているからこそ』か……)
 巡らせた視線の先に見えるのは磐石なる大地に支えられた自国の山々。
 そして、その先には此処からでは決して見ることは叶わない隣国がある。
 鍾離は聳える山々の先を見据え、自由を愛する気ままな男の気質を色濃く継いだ隣国―――モンドへと想いを馳せた。
(己の非を認める事は当然のことだが、アレが相手となるとどうしてこうも足が重くなるのか……)
 先程見ていた夢を思い出したせいか、胸が重くなる。
 かつて共に戦った戦友とも呼べる男に自分が浴びせた罵声が昨日のことのように脳裏に響き、いい加減腹を括るべきだと己を叱咤しているようだ。
(直に海灯祭だ。それが終われば、必ず……)
 そう決意を示しながらも、自分らしくない言い訳に苦笑いが漏れる。
 いつもの自分ならすぐに行動に移しているだろうに、彼が相手となるとどうしても気乗りしない。
 まるで駄々をこねる幼子に戻ったようだと既に定かではない遥か昔の己を懐古した。
 鍾離は隣国へ馳せた想いを再び自国へと戻し月明りを反射する水面を見つめていれば、海からの突風が窓から吹き込んでくる。
 頬を擽るそれは伸ばした髪を無造作に舞い踊らせ、まるで戯れているようだ。
「なんだ。お前が正しかったと漸く気づいた俺を笑っているのか、バルバトス」
 風に問いかけるように苦笑を漏らすも、返答はもちろん得られない。
 今此処には自分しかいない。だが、姿は無くとも旧友が奏でるそよ風は確かに自分を包み込んでいて、この場に居ない隣国でかつて神であった存在を探してしまうのは何故だろう?
「きっと目敏いお前のことだ。俺が神の座を退いたことなど、疾うの昔に知っているんだろうな」
『当たり前でしょ? 僕は耳が良いんだ』
 懐古する姿は幻影。
 だが、彼が返すだろう言葉が容易に想像できて笑ってしまう。
「『それ見たことか』と言いたいのか?」
 己の過去の暴言は、まだはっきりと覚えている。
 だからこそ、彼は茶化して笑うだろう。
『まさか。頑固なじいさんは相変わらず捻くれた考え方をするよね?』
 楽し気に笑う幻影は宙を舞い、ゆっくりと手を伸ばしてきた。
 近づいてくる旧友の姿。鍾離はこれが己の願望なのかと瞳を閉ざす。
『僕の気持ちを知ってくれてありがとう、モラクス』
 幻影が奏でたのは、声なのか、風なのか。
 再び目を開いた鍾離の眼前に広がるのは、静寂に包まれた街並みと僅かに明るくなった空。
「仕方ない。海灯祭が終わるころ、少し旅に出るか……」
 手土産は、そうだな。璃月の極上の酒が良いだろう。
 鍾離は潮の香りを乗せて吹き抜ける風に穏やかに微笑んだ。






[終]




2023-07-01 公開



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