ウェンティは昔から酒呑みだった。時間があれば酒を呑み、陽気な詩を唄っていた。
それ故かなりの量の酒を呑まない限り、泥酔することは無い。
酒瓶1本程度なら、ほろ酔いにすらならないのだ。
だが、周囲は酒好きと認識していても、大酒呑みだとは思っていない。
それは彼の元来の明るさ故だろう。
陽気過ぎる性格のおかげで周囲は素面のウェンティを『酔っ払い』と呼び、泥酔していると勘違いして酒瓶を取り上げてくることもしばしばだ。
他者と飲むといつも呑み足りないのに酒を取り上げられるものだから、明るすぎる性格も考え物だと常々思っていたウェンティ。
もっと呑みたいのに……と不満を覚える事ばかりだった周囲との認識齟齬。
しかし、それを良かったと思う日が来るとは昔は露とも思わなかった。
「モラクス、だーい好き」
岩の魔神であり璃月の守護神と敬われる男――鍾離の膝の上でケラケラ笑いながらその頬に唇を押し付けるのはウェンティその人だ。
ウェンティの左手には酒瓶が握られ、その中身は空の状態に近かった。
「モラクスってなんでそんなにカッコいいの? あんまりカッコいいと毎日毎日まーいにち『好きだなぁ』ってなっちゃうからもう少しカッコ悪くなってよぉ」
ウェンティは酒瓶を握ったまま鍾離の肩に手を添えると、彼を跨いだまま膝立ちになって精悍な顔立ちをマジマジと見下ろす。
苦笑交じりに自分を見上げる瞳は切れ長で、整い過ぎている顔面は真顔であれば冷たい印象を相手に与えるだろう。
しかし彼の眼差しは愛し気に細められ、優しさに満ちている。
琥珀色の瞳に映る自身の姿が嬉しくて、ウェンティはへらっと表情を緩ませ「だいすきぃ」とその唇にキスを落とした。
ちゅっちゅっと啄むように何度も何度もキスをしていれば、聞こえる笑い声。
この酔っ払いめ。と言いながらキスを返されたら嬉しくなってしまうのは仕方ない。
「酔ってないもーん」
「酔っ払いは総じてそう言うな」
「ほんと、ぜんぜん酔ってないってば!」
ほんとにほんとだから!
そう言ってかぷっと彼の鼻先に噛みつけば、窘めるように名を呼ばれる。
でもその声はやっぱり優しくて、愛しみに溢れているから堪らない。
ウェンティはぎゅーっと力いっぱい鍾離に抱きつき、馬鹿の一つ覚えのように「好き好き」と繰り返す。
鍾離が笑っていることは、触れ合っている身体が教えてくれた。
「まさかお前の酒癖を愛らしいと思う日が来るとはな」
「ほんと? モラクス、ボクのこと、好き?」
「ああ」
「どれぐらい? 大好き? 大大大好き? それとも、もっともっと大好き?」
「吟遊詩人らしからぬ語彙力になっているぞ」
「ねぇ! どれぐらい?? もしかして、ただの好き、なの?」
笑い声も優しくて、顔を突き合わせればその笑顔も愛し気で、心臓がぎゅっとなる。
ウェンティは尚もどれぐらい好きか教えてと鍾離にせっついた。
言葉を奏でて他者を魅了する詩人でありながら『好き』としか伝えることのできない想いが酷くもどかしい。
「俺の想いは毎夜伝えているだろう?」
「今日はまだ聞いてないぃ!」
夜通し愛して想いを伝えているのにそんなことを言うのかと窘めるように額を指で弾かれる。
全然痛くはなかったが、はぐらかされた気がするから眉が下がってしまう。
昨日までの想いはちゃんと伝わってるけどと唇を尖らせるウェンティ。
鍾離が返すのは愛しさを称えた笑い顔だった。
「お前への想いを伝えるのにふさわしい『言葉』が見つからない。お前が言う『好き』も『大好き』も俺の心には遠く及ばない。『愛してる』という言葉さえ、不十分だ」
想いを伝える言葉が見つからない。それほどまでに『愛している』。
そう頬を撫でてくる鍾離。ウェンティはうっとりとした表情で愛の言葉に聞き入った。
「今宵も言葉では伝えきれない想いをこの身体で伝えたい。だから、そろそろ酒を置いて俺に集中してくれないか、バルバトス」
「集中するぅ……モラクス、だいすきぃ……」
眼差しだけで心を鷲掴む男に再び抱きつけば、握りしめていた酒瓶はいつの間にか鍾離の手に渡っている。
鍾離はウェンティから取り上げた酒瓶をテーブルに置くとそのまま恋人を腕に抱いたまま立ち上がった。
何処へ行くのかなんて聞く方が野暮だろう。
「モラクス、大好き。だーい好きぃ……」
閨に向かう僅かな時間も堪えることができない。
ウェンティは愛しい男の頬に何度も何度も口づけ、早くその猛る想いを伝えて欲しいと強請った。
「酔っぱらっている時のお前は本当に素直だな」
「だめ?」
「いや。普段のお前も今のお前も変わらず愛おしいから案ずるな」
壊れ物を扱うように優しくベッドに降ろされ、ウェンティは離れちゃヤダと彼の首に回した腕をそのままに引き寄せた。
普段の恥じらう姿も、今の甘える姿もどちらも愛しると唇を落としてくる鍾離に酔っぱらっている―――もとい、酔っぱらったふりをしているウェンティは己の願望のまま甘えた。
*
開け放した窓から降り注ぐ月の光が照らすのはすやすやと眠りこけるウェンティの姿。
鍾離はウェンティの髪を撫でながらその寝顔を眺めている。
愛おし気に浮かんだ笑みはウェンティへの愛で満ちていて、言葉以上に彼の心を表していた。
「ん……もらく、すぅ……」
寝顔を隠すように垂れた前髪をどかしてやれば、くすぐったかったのかウェンティは僅かに眉を顰めた。
起こしてしまったかと様子を窺う鍾離。ウェンティはもぞもぞと身じろぎ、やがて安心する場所を見つけたのかまた穏やかな寝顔を浮かべ寝息を立てた。
自分の胸にすり寄るように寝姿を整えた恋人に鍾離の笑みは一層深くなる。
愛おしい存在を起こさないようその髪に口付けを落とす鍾離は、眠る恋人に語り掛けるよう囁いた。
「一体いつになったら素直に甘えてくれるんだろうな、お前は」
愛おしくて堪らないと言わんばかりの眼差し。
鍾離は口角を上げ、数刻前の情事を思い出す。
いつもは羞恥が強く甘えてくることなど殆どない恋人。
しかし今宵の彼はいつもが嘘のように素直に甘え、何度も『好き』だと啼いて縋りついてきた。
まるで酔いが羞恥を消してくれていると言わんばかりに。
鍾離は深い笑みを称えたまま恋人を覗き込む。
僅かにできた隙間も嫌なのか、追いかけるように胸に頬を摺り寄せてくるウェンティが愛おしくて堪らない。
愛おしすぎて、うっかり眠りを妨げそうになるほどだ。
再び愛し尽くしたいと湧き起こる欲を何とか理性で抑え込む鍾離は、照れ屋な恋人の髪を撫で胸の内で語りかけた。
(お前が願うなら酔ったふりをせずとも思い切り甘やかしてやるから早く気づけよ、バルバトス)
素面で甘えてくれるのは一体いつになるだろうか?
そんなことを考えながらも、ウェンティが酔っぱらったふりをせずとも甘えたいと思うまで待てばいいかと思い直す。
何故なら、この愛しい存在を手放す気など毛頭ないからだ。
(未来の楽しみがあるというのはそれだけで日々が潤うものだな)
それが近い未来か、遠い未来かは分からない。
それでも、それまでもそれからも共に在るのだから楽しみとなるのだ。
鍾離はいつか来るだろうその日を思い描きながら愛しい人を抱きしめ眠りについた。