突然だが言わせて欲しい。
ボクは今、凄く腹が立っている。それは目の前で繰り広げられる男女の逆ナンのやりとりせいだ。
熱烈なアプローチを仕掛ける女の子達に当たり障りない言葉と人の良い笑顔を向けている男は、ボクの恋人だ。彼は一見するとただの色男なんだけど、その実態は岩の魔神モラクス―――此処璃月では岩王帝君と呼んだ方が馴染みがある―――であり、見た目の年に見合わない落ち着いた雰囲気は男の色香を醸し出していて女の子たちはすっかり彼に夢中だった。
鈴のような声で笑い、猫撫で声で話しかけ、爪の先まで整えられた手で身体に触れるその姿は明らかな好意を纏っていて、恋人として見ていて気持ちの良いものじゃない。
彼女達の目にはおそらくボクは映っておらず、完全に蚊帳の外。テーブル向かいの席で繰り広げられるやりとりに、既に作り笑いも取り繕えなくなっていた。
(鼻の下伸ばして、じいさんのスケベ! 毎朝毎晩僕のこと抱いてるくせに、まだ足りないの?)
折角のデートを台無しにされて僕はご立腹。できることなら嫌味の一つでも残して帰ってやりたいところだ。
でもそれをしないのは、―――できないのは、テーブルの下で彼の足が僕の足に触れているから。
(腹立つ腹立つ腹立つっ! ボクばっかりこんなに好きとか本当、腹立つっ!!)
余所見なんてしないでボクだけを見てよ。
そんな我儘を言えるほどボクには可愛げは無くて、ボクとは正反対の可愛い女の子達に愛想を振りまく恋人の笑顔を黙って見ることしかできない。
(モラクスだって僕のこと好きって言ってたくせに、なんで僕のこと放っておくわけ? なんで女の子とばかり喋ってるの?)
モラクスの恋人はボクのはずなのに、どうしてボクの方がお邪魔虫になってるの?
そんなことを考えれば、もう駄目だ。乱れた情緒に鼻の奥がツンとする。
(嗚呼、ダメだ。怒りを通り越して悲しくなってきた)
悔しいのと悲しいのと苦しいので気を抜けば涙が零れそう。
ボクは必死にそれを堪え、楽し気な男女を視界に入れまいとそっぽを向いて遠くの景色を眺めた。
「凄い! 鍾離先生って本当に物知りですね! もう解決しちゃった!」
「本当! ありがとうございました!」
「礼には及ばない。解決したのならよかった」
視線を逸らすことはできても耳をふさぐことはできない。おかげで凄い凄いとモラクスを褒め称える高い声はしっかりと耳に届いて追い打ちをかけてくる。
「今ってお時間ありますか? 是非お礼をさせてください!!」
「美味しい甘味のお店、知ってるんです!!」
僕のことが見えていないのでは? と思ってはいたけれど、本当にそうだとは思わなかった。
積極的な女の子達はそうしようそうしようと盛り上がっている。
(どうせボクはモラクスに相応しくないよ……)
彼の、人の目を引く色男な器が恨めしい。その聡明で優しい性格も、腹が立つ。
それに引き換え僕はどうだろう?
見目は悪くないだろうが、彼の恋人としては力不足なことは確かだ。
(それでもモラクスはボクが良いって言ってくれてるけど……)
何度もデートの最中に恋人が目の前で声をかけられれば、その自信さえ揺らいでしまう。
(あ……、ダメだ。本気で泣きそう……)
歪む視界が情けなさを増長させる。
これ以上楽しそうな声を聞くのは無理だと判断したボクはこの場を立ち去る決意を固めた。
でも――――。
「すまない。そろそろ恋人が拗ねてしまいそうだから失礼する」
「「「え?」」」
女の子達の声に重なるのはボクの声。驚いて涙目のまま視線を向ければ、優しい笑顔を浮かべ席を立つモラクスの姿が。
モラクスはそのままボクの手を取ると強い力で引っ張ってくる。抗う間もなく椅子から立たされたボクはそのまま恋人の腕に抱き上げられてしまった。
「も――、鍾離、先生」
「待たせてすまない。お詫びに今日はお前の好きな酒を買って帰ろう」
「あ、あの、えっと―――」
「なんだ? いつもの饒舌はどうした?」
突き刺さる視線に狼狽えていれば、目尻を下げて蕩ける笑顔を見せてくるモラクス。
顔を見せろと言わんばかりに髪を梳かして頬に触れる手は優しくて、愛おしそうに触れてくるから心臓が痛くなる。
「ウェンティ?」
「何でもない……、早く、帰ろ……?」
堪らずその首に腕を回して抱きつけば、「ああ、分かった」と囁くような甘い声と共に抱きしめられた。
「それでは失礼する。問題が解決して本当に良かった」
「え……? あ、はい、本当にありがとうございました……」
「ありがとうございました……」
呆然と立ち尽くしているだろう女の子二人をその場に残して踵を返し歩き出すモラクスの腕の中、ボクはもやもやは消えたけど別の意味で苦しいままの胸を紛らわせるように恋人にぎゅっと抱き着いた。