TREMOLO [ANNEX]

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モブ子のクリスマス



 パティスリーに努めている私達に、クリスマスなど無い。
 お客様が大切な人達と過ごすためのケーキを求め来店されるのはとても喜ばしいことだと分かっていながらも、どうしても思ってしまう。
「リア充爆発しろ」
 と。
「ですよね! みんな幸せそうで羨ましすぎます!!」
 予約分以外のケーキが全て完売してしまった店内は、先程までの客足が嘘のように静まり返っている。
 入り口の『本日分のケーキは完売しました』なる張り紙を見てダメもとで入ってくる人もいるけれど、それも本当に偶になので暇を持て余した私は後輩ちゃんとついついお喋りをしてしまう。
 この後独り身の友達と集まってクリスマスパーティーだと愚痴る私に、後輩ちゃんも同じだとしょんぼりしている。
 来年こそは彼氏を作って過ごすんだ! と息巻いている私達には、クリスマスケーキを求めて来店するカップルはなんとも目に毒だ。
「残り後いくつですか?」
「あと2つ。予約分が無くなったら帰っていいよって言われているけど、独身女達のパーティーまではまだ時間があるのよねぇ」
「私もです。先輩、早く終わったらちょっとお茶しませんか?」
「良いわね。そうしましょ!」
 クリスマスに一人の時間があるのは悲しいと、約束する私達。
 さっきまでは時間ギリギリまでケーキを受け取りに来なければいいのにと思っていたはずなのに、予定が決まれば早く帰りたいと思ってしまう。
 我ながらなんとも現金な奴だと思ってしまう。
 でも後輩ちゃんも同じなのか、二人して笑ってしまった。
「! 先輩! 凄いイケメン発見です!」
「嘘! 何処何処!?」
 興奮気味に肩を叩いてくる後輩ちゃんについ目を輝かせてしまう。
 後輩ちゃんが指出す方を見れば、それはそれは芸能人か何かかと思うぐらいのイケメンがお店の前に立っていた。
「え、なにあのイケメン。同じ人間?」
「先輩、真顔になってる。ウケル! でも、凄くカッコいい人ですよね。ケーキ無いけど、入ってきてほしぃ!」
「お近づきになりたいとか思ってないでしょうね?」
「ちょっとだけ」
「馬鹿ね。あんなイケメンがケーキを買いに来る理由なんてわかり切ってるでしょ」
「ですよねぇ。彼女と食べるためですよねぇ」
 夢ぐらい見させてくださいよぉ。
 そう言いながらしょんぼりと肩を落とす後輩ちゃんに、申し訳なさを覚える。
 でも、あんなイケメンに彼女が居ないなんてあり得ないでしょ?
「! あ、入って来そう」
「やった!」
 ドアに手を掛けたイケメンに思わず私も心が躍ってしまった。
 真っ直ぐ此方に歩いてくるイケメンは本当に完璧な男性で、正直彼女さんが妬ましいと思ってしまう。
「いらっしゃいませ。ご予約のお客様でしょうか?」
「コレを渡して受け取ってくるよう言われたんだが……」
「お預かりしますね」
 差し出されたのは予約票。笑顔でそれを受け取ると、確かに残り二つのうちの一つの予約のお客様だった。
(4号サイズのクリスマスケーキ。はい、彼女さんとのクリスマスですねー)
 ええ、分かっていましたよ。ほんの少しだけ6号サイズの方かな、なんて期待した私が馬鹿でした。
 落胆を隠してケーキの準備をしていれば、数字キャンドルの購入を希望された。
(彼女さんのお誕生日なのかしら? なら、プレートなら今からでも付けられるから、聞いてみた方が良いわよね?)
「少しお時間をいただきますが、プレートのご用意もできますよ」
「プレート?」
「はい。お祝いのメッセージを書いたものを添えることが出来ますが、いかがいたしましょう?」
「……そうか。ならばお願いしよう」
「畏まりました。メッセージを此方にお書きください」
 差し出したボールペンと用紙を手に取り、メッセージを書く所作もカッコいい。
 本当、国宝級のイケメンだ。後輩ちゃんなんて見惚れて突っ立ってるだけになっている。
「此方で頼む」
「畏まりました」
 笑顔でメッセージを受け取ると、惚けている後輩ちゃんを呼んで店長にメッセージプレートの用意をお願いしてもらうよう言付けた。
 ケーキと一緒に厨房に下がる後輩ちゃんを見送った私は先にお会計をお願いする。
(『ウェンティへ 愛している メリー・クリスマス』とか、私も言われたい)
 羨ましすぎるぞ、彼女さん!
 なんて、超絶美女だろうイケメンの恋人ことウェンティさんへの羨望を内心騒ぎ立てる私のポーカーフェイスはなかなかだろう。
 お会計を済ませて少しして、後輩ちゃんが戻って来たのでクリスマスケーキとメッセージプレートを確認してもらえば、イケメンからは蕩けるような笑みを貰ってこの世から昇天しかけてしまった。
 イケメンオーラを浴びてしまえば、流石の私も声が上擦ってしまうのは仕方ない。
「お、お包みしますのでもう少々お待ちくださいっ」
「ああ、頼んだ」
 イケメンは持て余した時間に店内を見て回っているようだ。
 今度は彼女さんへ焼き菓子でも買っていこうと思っているのかもしれない。
 彼女さんのことが本当に大好きなのだろうその姿に、『リア充爆発しろ』と本日何度目かの独り身の遠吠えを心の中で呟いてしまったけど、許してください。
 なんだかんだとイケメンと同じ空間に幸せを感じていれば、ドアチャイムの音が鳴り響く。お客様だろうかと振り返れば、アイドルと見間違えるほどの美少年が来店していた。
(あら、私は今日天に召されるのかしら?)
 イケメンと美少年が同じ視界に入るなんて、眼福過ぎる。
 心の中で拝む勢いで盗み見ていれば、美少年はショーケースではなくイケメンの方へと歩いて行った。
「鍾離、お待たせ。ケーキは受け取ってくれた?」
「今用意してもらっている。……それで、お前は何を買って来たんだ?」
「君へのプレゼントだって言ったじゃないか」
「だからそれは何だ?」
「それはプレゼント交換した時の楽しみでしょ? どうして聞くかな?」
「俺からのプレゼントが何かはもうバレているからな」
「それは鍾離が購入画面開いたままパソコン放置していたからでボクのせいじゃないよね?」
「そうだが、お前だけ知っているのは狡いと思わないか? ウェンティ」
「「!!」」
「思わない!」
 お友達かな? なんて微笑ましく聞き耳を立てていた私の耳に飛び込んで来た名前に、思わず後輩ちゃんを振り返ってしまう。
 後輩ちゃんも物凄い顔で私を見ていて、聞き間違いじゃないことをお互いに確認して、頷き合った。
「お待たせいたしました」
「ああ、ありがとう」
「ボクが持つ!」
「ダメだ。折角のケーキが崩れてしまいかねない」
「酷い! ちょっとは信用してよ!」
 ぷくっと頬を膨らませてイケメンを殴る美少年。
 イケメンはそれを楽しそうに笑って受け流すと私からケーキを受け取り、美少年と共に店を後にした。
 再び静まり返った店内。
 イケメンと美少年が消えた入り口に視線を向けたままの私に後輩ちゃんはゆっくりと歩み寄って来た。
「先輩」
「なに……?」
「最高のクリスマスだって思ったの、私だけですか?」
「何言ってるの。私もよ」
 イケメンの彼女さんは超絶美女ではなく、超絶美少年だった。
 末永くお幸せに! と拝んでしまったのは、私達だけの秘密だ。






[終]




2024-12-31 公開



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