俺の恋人は愛らしい。
どれぐらい愛らしいかというと、その愛らしさに価値をつけることができない程愛らしい。
それこそ、この世界に流通するモラを全て掻き集めてもまだ足りないぐらいだろう。
ライアーを片手に詩を奏でている時はもとより、なにやら悪巧みを企てている時の表情すら愛らしく、悲しみや怒りといった負の感情を纏っていてもその愛らしさは損なわれることはない。
酒好きで己の限界を無視して飲んで潰れて醜態を晒していようとも、一晩中愛で倒したいぐらいだ。もっとも、酩酊している場合は俺の前でだけという条件付きだが。
「今日は随分機嫌がいいね」
恋人の――バルバトスの愛らしさを改めて反芻していれば、かけられるのは何処か不機嫌を纏った声。
顔をあげて食事の準備をしているバルバトスの方へと視線を向ければ、何やら難しい顔をしている恋人の姿が。
その表情から察するにどうやら機嫌を損ねているというよりも怒っているようだ。
だが俺は慌てることもなく、「そうか?」とそれを気付かぬふりをする。
それはバルバトスが不機嫌な理由を理解しているからこそできる反応だった。
「そうだよ。さっきからニヤニヤして気持ち悪い。全く、何を思い出してるんだか」
辛辣な言葉を投げかけてくる恋人に俺は苦笑いを漏らし「随分な言われようだな」と言葉の撤回を求めた。
するとぎろりと此方を睨んでくるバルバトスは「そんなに嬉しかったのなら、わざわざ断らずに食事に行けばよかったでしょ」と豪快な音を立てて包丁で何かを切っていた。
やはり勘違いしていたのかと俺の苦笑は笑みに変わる。
だが、傷付いている恋人を放って愉悦に浸る趣味は持ち合わせていない為、俺は八つ当たりされている食材の救出に立ち上がった。
「バルバトス」
「料理中はキッチンに入ってこないでって言ってるでしょ!」
「そういうのなら、こっちにこい」
「今君のご飯を作ってるから無理。可愛い女の子からのお誘いをわざわざ断ってくれたわけだし? 腕によりをかけないとがっかりするでしょ!?」
そう言いながら乱暴に食材を刻んでいる姿に普段の面影は全くない。いつも楽し気に料理している姿は俺を想ってのことだったのかと思うとどうにも頬が緩んでしまう。
だが、勘違いしているバルバトスの前でにやけた面を見せようものなら、きっとこの愛おしい存在は癇癪を起してしまうだろう。
「一流の料理人が作ったものよりも俺にとってはお前の作った料理に勝るものは無いと何度も言っているだろう?」
「っ、なら、ごはん作ってあげるからさっきの女の子を呼べば? ボクのごはんがあればいいんでしょ?」
「その場に――俺の隣にお前が居るというのなら、そうしよう。だが、俺は他者の前でもお前をいつも通り可愛がるぞ?」
「そんな事できないくせに!」
「他者にお前の愛らしい姿を見せたくないだけでできないわけじゃない。お前は先の子どもを気にしているようだから、俺達の関係をはっきりさせておくのも悪くないだろう?」
「子どもって言う年じゃないでしょ。彼女は立派なレディだったよ」
「俺達から見れば『人』など子ども―――いや、赤子同然だろう?」
好意を向けられようとも何の感情も湧かない相手だと言い切る俺に、漸く豪快な包丁の音色が止まる。
まな板の上で手を握りしめて何かを堪えてる姿が愛おしく、俺は恋人の名を呼んだ。
料理中は炊事場に立ち入らない。
交わしたその約束を反故しない為にも頼むから此方に来て欲しいと懇願すれば、無言のまま此方に歩いて来るバルバトス。
俯いたまま俺の前で立ち止まる恋人に、俺は軽々その体躯を抱きかかえると先程まで俺が寛いでいた長椅子へと足を進めた。
腕の中のバルバトスは抗うこともせず、控えめにしがみついて来る。
そのいじらしい姿に込み上がるのは愛おしさで、俺はバルバトスを抱いたまま腰を下ろすと背を丸めて俯いたままの恋人の額に口づけを贈った。
「俺の愛はまだ足りないか?」
「……足りてる」
「ならどうしてそんな機嫌を損ねている? 俺ははっきりと断りを入れたが、それだけでは不十分だったか?」
「そうじゃなくて、……ボクが君の恋人だって知ってるのに、彼女、わざわざ家まで来て食事に誘ってきたから……」
尻しぼみになる声に、続く言葉を聞きたくない俺はバルバトスの顎に手を添え上を向かせるとその唇を塞いだ。
バルバトスの唇は甘美で俺から容易に理性を剥ぎ取ってしまうから、加減が難しい。
だが、不安げな翡翠で見つめられれば理性など知った事かと舌をねじ込んでしまうから困ったものだ。
「愛してる、バルバトス……。俺の唯一であり愛しき番。お前が俺の全てだ」
「ん……、ボクもモラクス、大好き……」
口づけの合間に愛を伝えれば、不安げだった翡翠に光が戻る。
俺はそれに安堵し、その宝石に自身を映すと「お前に勝る愛らしい存在などこの世の何処を探してもいない」と、自身が至高の存在であることを忘れないでくれと懇願した。
「そんなことを思うのはモラクスだけだよ」
「俺が思うだけでは不服か?」
「そうじゃないけど……」
口籠るのは、先の訪問客を気にしているせいだろう。
気落ちした様子の恋人の姿に、かつては自国の民として守ってきた相手に対して憤りを覚えてしまう。少しは此方の迷惑を考えて行動してもらいたいものだ。と。
今も璃月に住まう者達は俺にとって大切な民であることは変わりないが、神の座から降りた今、最優先は民ではなくなったのだから仕方ない。
「でも、嬉しかったんでしょ……」
「? 何がだ?」
「あの子に食事に誘われて、好きだって言われて、嬉しかったんでしょ? だからさっきも思い出して笑ってたんだよね……?」
凄く幸せそうな顔して笑ってたって気付いてる?
そう言って縋るような眼差しを向けてくるバルバトスに、俺は思わず笑ってしまう。
当然バルバトスはそれに怒りを露わにしたのだが、抱きしめて真相を伝えれば今度は熟れた林檎のように顔を赤く染めあげた。
「俺が考えていたのはお前のことだぞ。その留まるところを知らない愛らしさに、俺の番がいかに愛おしい存在かを噛みしめていただけだが、そうか、幸せそうな顔で笑っていたか」
「な……」
「しかし、無理もないだろう? お前のことを考えているのに不幸な面になどなるわけがない」
「っ―――、馬鹿っ!」
こっち見ないで! と両手で顔面を押し退けてくる恋人に、俺は断ると笑い声をあげてまた口づけてやった。
愛しい番は口づけを受け取ると途端大人しくなり、腕の中におさまってくれる。やはり俺のバルバトスは愛らしい。そして、堪らなく愛おしい。
「……食事の後、可愛がらせてくれるか?」
「改めて聞かないでよ。……いつも何も言わず可愛がってくるくせに」
「許可を得るということがどういうことか分かっていないな?」
「まさか……『いつもよりも』ってこと?」
「そうだ。今日はお前を存分に蕩けさせてぐずぐずにしてやりたい気分なんだ」
いつもよりも愛を注がせてくれと懇願すれば、困ったように揺らめく翡翠。
だが、恥ずかしそうに小さく頷く姿に俺は満面の笑みを浮かべ、改めて思う。俺の恋人はテイワット一愛らしい。と。