TREMOLO [ANNEX]

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スパダリの心得



 ウェンティは酒が大好きだ。味はもとより、飲むことで陽気になる人々との交流がとても楽しいからだ。モンドに居た頃は足繁く酒場に通い、常連の一人として認識されていた。璃月に移り住んでからはその頻度は少なくなったものの、あくまでも『モンドの頃よりは』であり、璃月人の平均よりはずっと多いだろう。
 ウェンティの恋人である鍾離は彼の酒好きにあまりいい顔はしないが、節度を持って楽しむ分には口煩く言うことは無かった。尤も、自身が家に居るにも時に酒場に出向こうとすると途端不機嫌になるのだが、それは二人で過ごしたいと言う心理故のことだ。
 恋人に『共に過ごしたい』と願われて邪険にできる程淡泊ではないウェンティが酒場を訪れる機会が減ったのは、至極当然のことだった。
 だが、酒場に出向く機会が減ったからと言って酒量が減ったわけでは決して無く、代わりに家で恋人と晩酌する機会が増えた。鍾離が良い顔をしないから酒の味が分からなくなる程呑むことは無いが、それでも大好きな相手と大好きなお酒を楽しむ時間はウェンティにとってかけがえのないものになっている。今日は何を呑もうかな? とか、じいさんの好きそうな味かも? などと考え酒を選ぶ楽しみも増え、最近は二人で晩酌するための酒を探すことが趣味の一つだ。
「あれ? これってモンドのお酒じゃない?」
 久しぶりに露店が並ぶ港を歩いていれば、初めて見る店がいくつかあった。それらを横目に通り過ぎていたが、酒瓶が並ぶその店には璃月では見かけないラベルがずらりと並んでいて、ついつい足を止めてしまうウェンティ。立ち止まった彼に遅れて隣を歩いていた鍾離も足を止め、恋人の声に「そうだな」と肯定を返した。
「わぁ! 蒲公英酒だ! 久しぶりに呑みたいなぁーって思ってたんだよねぇ!」
 繋いでいた手を離し馴染みのある酒瓶の前にしゃがみ込むウェンティの瞳はキラキラと輝いていて、まるで新しいおもちゃを見つけた子供のようだった。
 無邪気に喜ぶ姿は愛らしいが、如何せん手にしているのはおおよそ一人で飲むには大きすぎる酒瓶でちっとも可愛くない。
 鍾離は苦笑を漏らし「帰りに寄るか?」と、今は先の予定を優先するよう暗に言ってくる。今から二人で食事に行くところだったと思い出したウェンティは、「そうする!」と元気よく頷いて見せた。
 しかし立ち上がろうとするウェンティの動きを止めるのは露店の店主の声で、なんでもあと数刻で店終いらしい。まだ夕刻には早い時間。まさかもう店を閉めるとは思っていなかった二人は驚きを隠せない。どうしてもこの露店で酒を選びたいウェンティは食い下がるように明日は何時から店を開けるのかと尋ねれば、今からスメールに移動するため璃月での出店は当面の間無いことを告げられた。
「そんなぁ……」
 どうやら璃月でモンドの酒を手に入れる機会は今しか無いようだ。ウェンティは無言で鍾離を振り返り、訴えかけるように視線を送った。食事のために店を予約してくれたことは分かっているが、少しだけでいいからこの店を見たい。と。
 縋るような眼差しを向けられた鍾離は言葉に詰まる。普段は掴みどころのない風のような振る舞いで他者を煙に巻く癖に、『おねだり』する時は他者の庇護欲を掻き立てる様にしおらしくなる恋人は実に性質が悪いと言わざるを得ない。言葉ではなく眼差しで訴えかけてくるところも、そうだ。
「少しだけだぞ」
「! やった! ありがとう! 鍾離先生大好き!」
「まったく。調子のいいやつだ」
 無言の訴えに折れてやれば綻ぶ笑顔を向けられる。いつもなら聞けない言葉まで添えてくる恋人に鍾離は苦笑を濃くし、「軽い言葉だ」と肩を竦めた。まるで見返りに耳障りの良い言葉を投げかけられた気分だったが、酒選びに没頭する今のウェンティには何を言っても聞こえはしないだろう。
 予約した時間に遅れないよう時計を確認する鍾離。
 真剣に酒を選ぶウェンティは、あれもこれもと手にとっては元に戻し決めかねている様子だ。店を予約した時間も露店の店終いの時間も迫っているため急いで決めなければと思っているのに、気持ちが焦るだけで全く絞り込むことができずにいた。
「もう! こんなにたくさん並んでると迷うばかりで全然決められない!」
「なら買わないでおくか?」
「まさか! こうなったら気になるやつを全部買う!!」
 決めた! と立ち上がるウェンティは鍾離が止めるよりも先に店主に自分が欲しい酒を伝えてゆく。
 延々悩まれて予約に遅れるよりはましかと恋人の暴挙を許容する鍾離。だが、酒瓶が10本を超えれば静観してもいられない。
「待て。いくら何でも買い過ぎだ」
「だって暫く璃月に来ないって!」
「それならモンドに出向けばいいだけの話だろう。遠く離れた地でもあるまいし」
「それはそうだけどさぁ」
「なら今伝えている分で十分だろう? すまないが会計をしてくれ」
 不満の表情を見せながらも聞き分けるウェンティ。鍾離は店主に今注文した分で十分だと伝えた。
 合計13本の酒の代金はそれなりにしたが、高額と言うほどではなかった。言われた金額のモラを手渡せば、酒瓶で一杯になった大きな袋を嬉々として肩にかけるウェンティ。満足気なその様子に機嫌は直ったようだと鍾離は安堵する。
「予約した時間、もうすぐだよね? 急がなくちゃ!」
「急がなくとも間に合うから大丈夫だ」
 上機嫌なウェンティは今にも駆け出しそうだ。
 ころころと表情の変わる恋人に苦笑が堪えない鍾離は、ウェンティへと手を差し出した。
「? 何?」
「重いだろう?」
 この手は何かと首を傾げるウェンティ。返された言葉に、どうやら肩に食い込む袋は自分が持つと言われているようだと理解する。
 確かに酒瓶13本は重い。本当、物凄く重い。だがこれはウェンティが欲しいから買ったものであり、鍾離は特に『欲しい』と思っていないものだ。流石に勝手に大量購入した挙句、それを持って歩けとは口が裂けても言えなかった。
「大丈夫だよ。これぐらいならまだ持てるから」
「どう見ても歩き辛そうだぞ」
「確かに歩き辛いけど、でもボクが欲しかったものだし……」
 持ってもらうのは流石に申し訳ないから大丈夫だよ。
 そう苦笑を漏らすウェンティだが、何故か今日に限って鍾離は強引だった。
 自分で持つと言った恋人の肩に食い込んだ袋を奪うとそのままウェンティと逆方向の肩に担いだ鍾離。当然ウェンティは返してよ! と取り返そうとするのだが、恋人の一言にぴたりとその動きは止まるのだった。
「お前が持っていると手を繋ぎ辛いだろう?」
「え?」
「ほら、行くぞ」
 呆けているウェンティの手を取る鍾離は、そのまま恋人の手を引いて歩き出す。
 鍾離に手を引かれるがまま歩くウェンティは、漸く言葉を咀嚼できたのか「ねぇ」と恋人に声をかけた。
「もしかしてボクと手を繋ぐために持ってくれたの?」
「? そうだが?」
「モラクスって、本当、そういうとこあるよね……」
 さも当然のように返される言葉にウェンティの顔は真っ赤に染まる。
 なんとも形容しがたい複雑な表情の恋人に「どうかしたのか?」と鍾離は眉を顰めるが、振り解くように手を離すウェンティが腕にしがみ付いて来たから表情は幸せそうに緩んだ。
「甘えたくなったのか?」
「そうだよ! 悪い!?」
「いや、悪くない」
 食事の予定をキャンセルして今すぐ家に帰って思い切り抱きつきたい。なんて考えてることは、鍾離の腕に力いっぱいしがみつくウェンティだけの秘密だ。






[終]




2023-09-01 公開



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