TREMOLO [ANNEX]

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ずっと二人で…



 ランチ後の講義は眠くなる。それがうららかな日差し差し込む春の午後ともなれば、睡魔の威力は絶大だ。
 100人程度の学生なら余裕で座れるだろう講義室で教鞭をとる男の授業でもそれは変わらないようで、むしろ落ち着きのある低い声は更に眠気を誘っている。
 半分ほどの生徒がうつらうつらと舟を漕ぐ中、注意もせずに講義を進める男―――鍾離は自身の講義を受ける生徒たちの中に、履修生でもなければ大学に在籍もしていない人物が一人混じっていることに気づいていた。
 時折其方へ視線を向ければ、ひらひらと手を振ってくるその人物。それは鍾離の幼馴染であり恋人でもあるウェンティだった。
 一見すると他の学生と混じっていても違和感がなく、部外者が大学内に侵入していると気付かれることもない。完全に『大学生』に溶け込んでいるウェンティの姿に、鍾離は内心苦笑を漏らしてしまう。
 にこにこと楽しそうに笑って講義を受けているウェンティだが、当然彼の前に筆記用具などは無く、デジタル機器らしきものも見当たらない。それはどう見ても『勉強のために』講義を聞きに来たのではなく、『恋人に会うために』講義を聞きに来たと思わざるを得ない。
 きっと鍾離もそれを分かっているのだろう。だから苦笑が絶えないのだ。
 穏やかな昼下がりに、舟を漕ぐ生徒が増えてくる。やれやれと思う鍾離が時間を確認すれば、講義終了まで後5分程となっていた。
 これ以上授業を進めても労力が増えるだけだろう。居眠りをして話を聞いていなかった生徒達が試験前に駆け込んでくることは目に見えていた。
 そこまで分かっているのなら、わざわざ労力を増やす必要もない。
 鍾離は少し早いが講義の終了を伝え、それに静まり返っていた講義室は一気に騒がしくなる。
 眠っていたと慌てる者や、次の講義を友人に確認している者なの様々だ。
「鍾離先生、あの、質問良いですか?」
「ああ、構わない。分かり辛い所があったかな?」
「いえ! 先生の講義はいつも凄く分かり易いです!!」
 頬を高揚させて駆け寄ってくる女子生徒に普段通りの対応をする鍾離。だが、突き刺さる視線は恨めし気なもので、つい笑いそうになってしまうから困ったものだ。勿論、生徒達に不審がられると分かっているから表情には出さないが。
 女子生徒達が投げかけてくる質問は確かに先の講義の内容だ。だが、説明するため板書する鍾離の手ではなく顔を見ていれば、目的が別にあることは一目瞭然だった。
 もちろん鍾離もそれに気付いている。気付いているが、『分からない』と言われている手前邪険にもできないから困ったものだ。何故なら、先程よりも恨めしそうな視線が突き刺さっているのだから。
「以上になるが、分かったかな?」
「はい! すっごく分かり易かったです!」
「それなら良かった。では、次の講義の準備があるから失礼するよ」
「あ、あの! 今度先生の研究室にお邪魔してもよろしいでしょうか……?」
「構わない。助手に質問に応えるよう伝えておくからいつでも好きな時に聞きに来るといい」
「あ……、は、はい……」
 笑顔で『自分は対応しない』事を伝えれば、女子生徒は意気消沈した様子で視線を落とす。鍾離はそんな生徒の前で羽織っていた白衣のポケットから指輪を取り出すとそれを左手の薬指に嵌めて見せた。それは勿論決定打を与えるための行動だ。
 女子生徒は驚き、そして眉を下げて「ありがとうございました……」と席へと戻ってゆく。
 やれやれと肩を竦ませる鍾離は、先程からずっと感じていた視線へと目を向けた。
(まったく、愛らしいのも程々にしてもらいたいものだな)
 先程までの恨めし気な眼差しとは一転、嬉しそうな幸せそうな表情で笑っているウェンティに講義室を出るよう顎で指示を出した。
 意気揚々と立ち上がる恋人は踵を返し講義室を後にする。それを追いかけるように鍾離もざわめく講義室を後にした。





2023-11-02 公開



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