TREMOLO [ANNEX]

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ずっと二人で…



 講義室を出た鍾離の視界にはいるはずのウェンティの姿が確認できなかった。
 だが、全く焦る様子もなく息を吐くとドアノブから手を離し、ゆっくりと閉まるそれの背後を覗き込んだ。
「隠れているつもりか?」
「もー! 面白くない! ちょっとは焦ってよ!」
 ドアの影に隠れるように身を小さくしている恋人は頬を膨らませて不満顔を見せる。
 鍾離はそれに笑い、その頬を指先で突っついて何故焦るのかと尋ねた。
「お前だって俺から離れられないだろう?」
「しれっと『自分もそうだ』って言わないでくれる? また『学生に手を出してる』とか言われたくないでしょ?」
 そんな風に口説かれたら、くっつきたくなるじゃない!
 二人は恋人同士。だからウェンティが鍾離にくっつこうが抱きつこうが何の問題もない。本来は。
 だがここは鍾離の務める大学で、いくらウェンティが学生でないと言えど、来年三〇路という実年齢に反してその見た目は一〇代と言ってもまかり通ってしまう容姿のせいで、事実無根の噂が広がりかねない。
 事実、鍾離の研究に興味を持った企業の営業マンが訪問していた際に二人の仲睦まじさを目撃した彼は助手達に「鍾離先生は教え子に手を出してるの?」と難しい表情で尋ねて来たと言う。
 勿論助手たちはそれが誤解だと伝え、ウェンティが学生でない事も自分達よりも年上だという事も伝えた。
 営業マンはその言葉を信じて納得してくれたが、彼のように誤解する者が増えれば説明するのも困難になる。
 若干35歳で教授職に就ける華々しいキャリアを、尾ひれ背びれの付いた噂でダメにする振る舞いは止めてくださいと助手達から懇願された鍾離とウェンティは、構内ではできる限り恋人然とならないよう注意しているのだ。
 それなのに、恋人として傍に居たい欲を必死に我慢しているのに、相手から誘惑されたら我慢が利かなくなってしまうというものだ。
「お前がもう少し年相応の見た目であればな」
「『年相応の見た目』なら、そもそもこうやって侵入できないじゃない」
「それもそうだな。……しかし、『侵入』している自覚はあったのか」
「! ありますぅ! 魈から何回お説教されたと思ってるのさ」
 魈は鍾離の優秀な助手の一人だ。そして、敬愛する鍾離のキャリアのためならば教授の恋人にも臆さず意見を言ってくる信望者ともいえる人物だった。
 ウェンティは大学の講義に顔を出す度、恋人の研究室に入り浸っている。そして毎回魈からは、部外者を私欲のために構内に招いていると鍾離に悪評がたつから控えるよう小言を貰っていたのだ。
「そう言えば確かに毎回怒らせているな」
「えぇ? あれってボクだけのせいなの?」
「大学に侵入しているのはお前だろう?」
「! あーそう。そんなこと言うんだ? なら僕、『もう侵入しない』って言ってもいいんだ?」
 踵を返し、研究室へと戻る鍾離。その隣を歩くウェンティが見せるのは先のような不満顔ではなく、本気の不機嫌面だった。
 確かに鍾離に『逢いたい』と思って何度も大学に侵入しているのはウェンティ本人の意思だが、恋人はそれを喜んでいると思っていた。だって同じ気持ちだと思っていたから。
 でも、鍾離は別にそうは思っていないと言わんばかり。大学に侵入してくるのも、恋人に会いたいと思っているのも全部ウェンティの勝手だ。と。
 だが、それらは全部ウェンティの頭で想像された仮定の話。
 本当にウェンティが想像している通りのことを鍾離が思っているのなら、彼が未だに注意の一つもしてこないわけがないのだから。
「それは困る。講義の最中お前の姿を見つけると俺もやる気が出るからな」
「でも『侵入』しちゃダメなんでしょ?」
「俺はそんなこと一言も言ってないぞ。部外者が構内に入ってくる事実を言葉で表すとすればその単語が適切だと言うだけだ」
 頼むから、甘やかしてやれない状況で拗ねてくれるな。
 そう苦笑を零す鍾離は「部屋に戻ったら覚悟しておけ」と視線を寄こしてくる。
 ウェンティは胸を掻き毟りたくなる程内心悶絶しながらも、「仕方ないなぁ」と言葉だけ強がって返事をするのだった。



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2023-11-06 公開



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