TREMOLO [ANNEX]

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狂戦士の誤算Ⅱ



 仕事で璃月への赴任が決定して直ぐ現地に降り立ったタルタリヤは、仕事場へ顔出すよりも先に人々が集まる憩いの場に足を向けた。
 はしゃぐ子供たちの姿を横目に故郷に残してきた弟妹達の昔を思い出して優しい笑みを浮かべる彼は、広場の片隅から聞こえてくる美しい音色に視線を子どもたちから其方へと巡らせた。
 ベンチに腰掛け、ライアーを奏で唄声を披露している吟遊詩人の服装は璃月では少し浮いているのは仕方ない。移り住んで長いだろうに隣国モンドの装いを未だ貫く吟遊詩人に、タルタリヤが思うのは彼の恋人の心中だ。
(鍾離先生らしいと言えばらしいけど、きっと内心は面白くないだろうな)
 恋人の意思を尊重するところは理性的だと思う一方、本心は別にあると思うのは、彼がどれほど恋人を愛しているかこの身を持って知っているからだ。
 軽率な振る舞いにより危うく命を落としかけたタルタリヤは、随分大事にしているようだといつもの―――温厚な『鍾離先生』を思い出して笑った。
 演奏の邪魔にならないよう、少し離れたところで美しい音色に耳を傾けるタルタリヤ。優しさに満ちた音色を聞いていると不思議と心は穏やかになる。
 これは彼の能力によるものか、それとも単に音楽に癒しの力があるだけか。幼い頃から戦いの事しか考えてこなかったタルタリヤには分からない。
 ただ、この音色が心地よい事だけが彼の真実だ。
 詩に聞き惚れている大人達。そして時折誘うように笑う吟遊詩人の声に重なる子供たちの元気な歌声。
 タルタリヤはなんと穏やかな光景だろうかと焦燥を覚えてしまう。もう戦う必要はないと分かっているのに、穏やかな日々を送っても良いと分かっているのに。
 戦いを求めていたのは過去の恐怖故ではなくやはり自分の本質だったかと思うとどうにもやるせなくなってしまうのは仕方ない。
 自分も今楽しげに歌っている子供たちのように無邪気な幼少期を過ごせていれば、もしかしたら――。
(止めた止めた。まったく。『たられば』なんて考えても仕方ないだろう?)
 何をらしくもないことを考えているんだと己に自嘲を漏らすタルタリヤ。すると、先程まで聞こえていた歌声が止まってしまった。
 視線を向ければ、子供達に手を振っている吟遊詩人の姿。駆け寄る幼子を抱き留める親達は彼に感謝を伝えるよう一礼し、広場の中心へと歩いてゆく。
 笑顔で手を振り彼らを見送っている吟遊詩人。タルタリヤは親子の流れに逆らうように彼のもとへと歩みを進めた。
「やぁ、ウェンティ君。久しぶり」
「こんにちは、公子君。今日は何の用かな?」
 笑顔で挨拶を交わせば、同じように返される。
 だが、本能が感じるのは張り詰めた空気で、吟遊詩人―――ウェンティが警戒しているとすぐに分かった。
 タルタリヤはウェンティの様子に笑顔を苦笑に変え、警戒しないで欲しいと両手を見せた。戦う意思を持たないと示す『降参』のポーズに、ウェンティは数刻黙って見つめてくる。
 本心を探られているのだろうことは分かるのだが、そもそも探られるような本心は無いからタルタリヤは黙ってそれを受け入れて彼の気が済むのを大人しく待つことにした。
「……『遊び』に来たわけじゃなさそうだね?」
「勿論。『二度としない』と『約束』しただろう? 璃月で『約束』を破るほど、命知らずじゃないよ、俺は」
「よく言うよ。命知らずはそもそも強者と戦うために無茶苦茶な事はしないからね??」
「あはは。だよねぇ」
 耳が痛いと苦笑を返せば、ウェンティの警戒が和らいだ。
 彼は今一度真っ直ぐタルタリヤの眼を見つめると、
「まだちゃんと『反省』してる?」
 と、この後も『やんちゃ』な事はしないかと尋ねてきた。
 その表情は柔らかいものだったが、威圧を覚える。
 やはり彼は『風神様』だ。と、タルタリヤは敬意を示すように静かに頷いた。





2024-01-08 公開



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