誰にも何も言えない・相談できない状況の自分の前で喧嘩はしないでもらいたい。
おそらくウェンティの様子から本気で機嫌を損ねているのだろうが、仮眠から目が覚めてから今までのたった数時間で二人がそれはとてもとても仲睦まじいことは理解している。
だからこの喧嘩も、どうせただの痴話喧嘩だ。
知らなければ、気付かなければ、自分もパイモンと同じくオロオロできたはずなのに。
空は昨夜の自分の行動を激しく後悔していた。
「折角の誘いをだが断っているじゃないか。どう取り繕ったところで友人よりも酒をとったと思われて当然だと思うが?」
「あ、そう。そうゆう風に捉えるんだ? へぇ。それは、流石博識な鍾離先生だ。勉強になったよ!」
「こちらも聡明な吟遊詩人殿に指南できるとは思っていなかった」
「ボクの方こそかの有名な鍾離先生直々にご指導いただけるなんて光栄だなぁ!」
必死に怒りを笑顔で隠しているようだが、残念ながら引き攣っている。
もしこれが演技だとすれば、まさに迫真だ。
どうしようと交互に二人に目をやり青い顔をしているパイモンを見る空は、相棒に癒される。
「旅人! パイモン!」
「! な、なんだ!?」
「ほら! 急ごう!! 二人のこれまでの物語を聞きながら美味しいお酒を楽しまないとね!!!」
ウェンティはパイモンの腕を掴むとずんずん先へと進んでゆく。
俺は? と思う空だったが、ウェンティが声を掛けながらも自分を放置した理由はすぐに分かった。
「……鍾離先生」
隣に感じる気配に内心ギョッとしながらもいつの間にか佇んでいる美丈夫の名を呼べば、彼は先程の喧嘩が嘘のように優しい笑顔を浮かべ前を――ウェンティを見ていた。
視線が甘いと思いながらも、「いいの?」と前後の言葉は添えず尋ねてみた。
二人で会う約束していたんじゃないの?
そんな含みを込めた声に、鍾離は視線は寄こすことなく口を開いた。
「友人想いな旅人が一緒であれば、何も心配することは無いだろう? きっと吟遊詩人殿が呑み過ぎる前に、お前は『帰ること』を勧めるだろう?」
投げかけられる質問は二つ。向けられる表情は穏やかな笑みだったが、空は表情を引き攣らせて「そうだね」と同意を返すのが精いっぱいだった。
返答に鍾離は口角を持ち上げ、そのまま何も言わず歩き出す。
置いてけぼりの空は、(先生、目が笑って無かったよ……)と、表情とその眼光が一致していないことへの恐怖に身震いした。
璃月港に着いたら適当に食事を済ませた後、早々にウェンティとは別行動を取った方が良さそうだ。でなければ、前を歩く美丈夫の逆鱗に触れかねない。
盛大な溜め息を吐く空は改めて思う。
(どうやったら見なかったことにできるかな……)
と。