TREMOLO [ANNEX]

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未来の話



 人の命は儚く、短い。人ならざる者からすれば、彼らの生涯は瞬きをするほど刹那的だ。
 しかし、だからこそ人は美しい。懸命に輝く生命は、まさに至宝と呼べるだろう。
 鍾離はかつて己が統治した頃の面影を僅かばかり残す璃月の街並みを歩きながら幾度も経験した別れを懐古する。
 人々の活気に満ちた市場を帰路として歩くのは鍾離の日課だ。おかげで見知った面々から歩く度に声がかかり、その都度足を止めていては家に着くころには人々が寝静まるころになってしまうだろう。
 愛想良くかけられる声に当たり障りない言葉を返して躱してゆく鍾離。それでも時折足を止め品物を手に取り値段に見合う価値があるかを値踏みするのは、昔から変わらない。晩餐にぴったりだと新鮮な食材を勧められれば生憎それらを生かす腕前が無いと軽口を返して笑われるのも、また。
 市場の賑わいは人の命の輝きに似ているかもしれない。鍾離は自国の民の子孫が命を繋ぐ空間を歩きながら笑みを浮かべた。
 鍾離が上機嫌で市場を闊歩していれば、ふと視界の端に見慣れない花が目に留まった。
「これは、セシリアの花か?」
 純白の花弁を一輪空に向け咲かせる清楚で美しい花は、璃月ではなく隣国に生息しているものだった。
 自国では滅多に見ることのないそれに思わず足を止めれば、気付いた店員に声をかけられる。
「こんにちは、鍾離さん。何かお探しですか?」
「すまない。珍しい花が目に入って思わず立ち止まってしまった」
「ああ。これですか? これは―――」
「セシリアの花。モンドの星拾いの崖にのみ生息する白い花弁が特徴の一輪花だ」
 店員が説明するよりも早くその花がどういったものか口にすれば、仕事を取られたと豪快な笑い声が返ってくる。
 鍾離の博識さを称える店員は、一鉢手に取ると彼の眼前に差し出し一つ購入しないかと言ってくる。
 確かにセシリアの花は美しくここ璃月では珍しい種だ。自身に植物を愛でる趣があれば迷わず購入するだろう。
 しかし残念ながら鍾離はそういった趣には疎く、己が動植物の育成には向かない性格だと自覚している。
 だから折角の申し出も断る以外の選択肢は存在しない。
「申し訳ない。すぐに枯らせる未来しか見えないから遠慮しておこう」
「あらら。それは残念だ。この時期モンド出身の人達には喜ばれるのに」
「どういうことだ?」
「鍾離さんところのウェンティさん、あの人はモンド出身でしょう? 唄と酒が大好きな自由人でまさに典型的な『モンド人』ですよね」
 だからきっと喜ばれると思ったんだが、残念だ。
 そう言いながら鉢を元に戻す店員に鍾離は再度『何故』を尋ねた。
「『何故』って……、この時期モンドは風花祭じゃないですか。だからモンド出身の人達は故郷のためにわざわざ所縁の花を買って帰るんですよ」
 いつもは取り扱わないモンドの花が並んでいるのはそういう理由だと言った店員の指さす方向にはセシリアの花以外にも風車アスターや蒲公英、それにイグサまでもが陳列されていた。
 店員は身を屈めて花の手入れをしながら「ああでも」と言葉を続けた。
「ウェンティさんの場合は花より団子、お酒の方が良いかもしれませんね。こんなことなら蒲公英酒も仕入れておけばよかった!」
 商機を逃したと豪快に笑う店員。
 鍾離は驚きの表情を苦笑いに変えると「なるほど……」と隣国の花が並ぶ理由に納得した様子だった。
「そうか、風花祭か。ついこの間海灯祭が終わったと思っていたが、時の流れは随分と早かったようだ」
「あはは。確かにそうですね。私も毎年気づいたら1年が過ぎていてゾッとしますよ」
 あっという間に老人になりそうだと笑う店員の言葉に鍾離は当たり障りない言葉を返すと、何やら考え込む仕草を見せた。
 そして数刻思考を巡らせた後、彼の口から出たのは「これを一つ包んでくれるか?」とセシリアの花の購入意思を伝えるものだった。
「毎度あり! 贈り物用、ですよね?」
 先のやり取りから自分のために購入するわけじゃないことはバレバレだろうが、改めて確認されるとなんとも気恥ずかしい。
 鍾離は咳払いを一つ落とし、「頼む」とだけ返答するのだった。





2023-07-18 公開



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