静寂が辺りを支配する頃、空に瞬く星々はその輝きを一層強めて寝静まる街を照らしていた。
窓から差し込む僅かな光を男の逞しい胸板越しに眺めていたウェンティは「日付が変わってる」と不満げな声を漏らした。
「どうりで。静かすぎると思っていたらもうそんな時間か」
「わざとらしい言い方しないでよ。出すもの出してスッキリしたからってこの状況でいつも通りに戻るってどういうこと? 流石に腹が立つんだけど」
記憶が正しければ、閨に連れ込まれた時はまだ外は明るかったはず。それなのに今は夜更けも夜更けで、自分達は一体どれほどの時間交わっていたのだろうかと考えるだけでも顔から火が出そうだ。
ウェンティは星空から自分の髪を撫でている男に視線を移し、「欲が薄いって言ってたのは何処の誰だっけ?」と恨めし気。滅多に怒りを露わにしない彼にしては珍しいぐらい不機嫌なようだ。
だが、それは当然かもしれない。何故なら今夜は贈られたセシリアの花を机に飾ってお手製の風神ヒュッツポットで鍾離と二人きりの楽しい時間を過ごそうと密かに楽しみにしていたのだから。
「『薄い』ではなく、『薄かった』だな。お前に触れていると人になった気分だ」
「ねぇ、もしかして寝惚けてるの?」
「どう見ても起きてるだろう? 目を開けたまま眠ったことはないはずだが?」
「……もういい」
「それと、いつも睦言を嫌がっているのはお前だ、バルバトス。俺はお前が悶絶するから控えているだけだ。お前が良いというならいくらでも――――」
「もういいってば!」
真面目なトーンで嫌がらせしないでよ!
そう言って睨みを聞かせるも、赤い顔をしていては迫力など無いに等しい。
事実、鍾離は口角を持ち上げて楽しそうに髪を撫でている。
「何年経ってもお前は慣れないな」
「何が?」
「性交の後はいつも不機嫌だろう? 羞恥故だと分かっているが、それでも偶には愛で倒したいんだがな」
「止めてよ。甘々なじいさんなんて想像しただけで寒気がする」
ウェンティが返す言葉は可愛げなど微塵もなく、鍾離への想いがあるとは到底思えない。
しかし、鍾離はその言葉にも笑っている。
「……腹立つ顔しないでよ」
「もとよりこの顔だ。許せ」
彼は知っているのだ。ウェンティの本心が言葉とは正反対だということを。
鍾離は梳かすように髪を撫でていた手を止め、そろそろ眠るように少年を促した。
想いを体現するように四半日以上に渡り愛しんだのだ。元々それほど体力に自信のないウェンティには無理をさせてしまっただろう。
無体を強いてすまないと美しい髪に口付けを落とせば、小さな声で「反省してよね」と返って来た。
「ああ。以後気を付ける」
何処までも可愛くない返答をしたウェンティは、おそらく頭の中で一人反省会でも開いているのだろう。言葉に覇気がない。
鍾離はそんなウェンティを窘めることも茶化すこともせず、ただ優しく抱き寄せた。
己の胸板を枕代わりに身を寄せてくる少年の姿に目には見えない想いが伝わってくる。
消え入りそうなほど小さな「おやすみ」の声に言葉の代わりに抱擁を返せば、胸元に落ちてくる柔らかな温もり。
口にする度隠れてしまう心を伝える様ないじらしいその仕草に、今はこれで十分だと笑みを浮かべ、鍾離は目を閉じた。