TREMOLO [ANNEX]

ゆらゆらぎが運営する同人系個人サイト

未来の話



 鍾離は己が肉体を得てからこれまで気が遠くなる程の歳月を過ごしてきた。
 肉体が人の姿を象りながら己が人ならざるモノだと知らしめたのは、他者への渇望の薄さだった。
 人には本能に刻まれた欲がある。それは己の命を繋ぐために、種の保存のために組み込まれたものであり、最も純粋な欲求だ。
 人は生きるために眠り、行動するために食事をする。そして、己の子孫を残すために他者と交わり、子を成す。
 欲望は生命の根源であり、命そのものだと鍾離は理解している。
 だからこそ、それらを感じない自分は姿形こそ人ではあるものの決して人にはなれないのだと思っていた。
 しかし、今こうして口づけを交わす相手に覚えるのは確かな欲で、理性とは違う何かが相手を渇望している。
 これが人の抱く欲望かと頭の片隅で傍観する自分を感じながら、永い歳月の果てに自分は漸く人に近づいたのかと妙な感動を覚えた。
 噛みつくように何度も貪っていた唇を離せば潤んだ瞳で惚けている少年の姿が目に入った。
 一体自分はどれほど彼に口付けていたのだろうか。無意識に腰を抱いた腕に感じる重みは、ウェンティの体重を受け止めているからだろう。
「すまない。やりすぎた」
「ほ、んとだよぉ……」
 大丈夫か? と前髪を梳かすように手を添えれば、ウェンティは視線を下げ表情を隠すように鍾離の胸に顔を埋めるとくぐもった声で『大丈夫じゃない』ことを伝えた。
 鍾離と同じく、ウェンティもまた人ならざるモノ。つまり彼も鍾離と同じく人の持つ欲望を今までそれほど抱くことはなかったということだ。そして魔神である鍾離とは違い、ウェンティは本来の姿は肉体を持たない精霊。故に肉欲に対する耐性は低く、他者から齎される快楽に対しては恐ろしい程無防備だった。
 繰り返し与えられた口づけのせいで力の抜けた身体を持て余す少年は無意識なのか額をこすりつけるようにしがみついてくる。鍾離はそんなウェンティを抱きしめながら先程から視界に入っていた完成間近な料理と腕の中で小さくなっている存在を見比べた。
「……、食事は後にしよう」
「え? え?」
 頭上からする声に惚けながらも反応を示すウェンティだったが、足が床から離れれば流石に意識は覚醒した。
 何事かと驚くよりも先に抱きかかえられたと理解したウェンティは、ちょっと待ってと暴れ出す。
 少年の体躯とはいえ腕の中で暴れられれば普通の男なら体勢を崩して倒れたりするものだ。しかし、そこは流石岩の魔神と崇められた男だ。びくともしていない。
「ちょ、ねぇ、モラクス! 待って待って!」
「待ったところで結果は変わらないぞ」
「えぇ!? ちょっ、ちょっと! ボクはお腹空いてるんだってば!」
 止まって止まって!
 そう喚きながら背中を叩くも、全く響いてはいないようだ。
 あっという間に寝床に連れて行かれ、ベッドへと降ろされる。
 惚けたままならいざ知れず、正気に戻った状態でこの状況は恥ずかしすぎる。
 ウェンティは堪らずベッドから降りようとするのだが、圧し掛かるように覆いかぶさってきた存在に逃亡はあっけなく阻止されてしまった。
「うぅ……、まだ外明るいんだけどぉ……」
「直に夜になるから問題ない」
「問題大ありだってば! 折角作った料理が冷めたら美味しくないでしょ?」
「お前が作った事実があればどんな料理も美味いに決まってる」
「! もう! こういう時ばっかり甘くなるのやめてよっ」
 いつもの塩対応モラクスとのギャップが過ぎるよ……。
 そんなことをブツブツ言いながら両手で顔を覆い隠すウェンティの耳はそれはそれは真っ赤だった。



 | 


2023-07-19 公開



Page Top