もう少し早く気づいていれば旅行がてらモンドに赴き風花祭を楽しむこともできただろうが、流石に急過ぎてそれは叶わない。
しかし、璃月に居てもモンドを感じることはできる。先程購入した花のおかげで。
「風花祭を現地で楽しむのは来年の楽しみとして、今年はこれで我慢してくれ」
「わぁ! これってセシリアの花じゃない! なんで? これどうしたの?」
美しく装飾された鉢植えを差し出せば、ウェンティの瞳は目に見えて輝いた。
まるで宝物を前にした子どもの用に表情を輝かせる姿に、鍾離からもついつい笑みが零れてしまう。
「璃月で暮らすモンド出身者のために毎年この時期だけ取り寄せているらしい」
「そうなんだ? 嬉しい気遣いだね!」
まさか璃月でお目に掛かれるとは思わなかった。
そう言って花弁に顔を近づけ香りを楽しむ少年の笑顔はいつもの人を喰ったものではなく、とても純粋で美しいものだった。
胸いっぱいに花の香りを吸い込んだウェンティは思いもしていなかった土産に表情を綻ばせたまま感謝を伝えるため鍾離を見上げる。
しかし、『ありがとう』の言葉は口にできなかった。
言葉を発するよりも先に唇を塞がれてしまったから。
吸い付く様に重ねられたそれに驚いたのは本当だ。
だが驚きを露わにするよりも先に目を閉じてしまっては言い訳の仕様がない。
「……、急にどうしたの?」
「ああ、すまない。何故か無性にしたくなった」
離れた唇。だが呼吸がかかる距離。
平静を装って突然すぎる口づけの理由を尋ねれば、理由になっていない言葉が返って来た。
真っ直ぐ見つめてくる琥珀色には翡翠が混じっていて、気恥ずかしくて堪らない。
それなのに視線を逸らすこともできず、いつの間にか頬に添えられた手に心臓が口から飛び出しそうになる。
またキスされる。
そんなウェンティの予想よりも先に近くなる距離。
過ぎる羞恥に身悶えたいのに身体は心とは裏腹に動いてしまう。
気が付けば再び瞳を閉ざし、唇は鍾離を迎えるよう薄く開いてしまっていて……。
ゆっくりと重なる唇はその形を確かめるように触れ合い、僅かな音を立てて一瞬離れ、三度目となるそれは舌を絡める濃厚なものに変化した。
歯列を割って侵入してきた舌は呼吸を奪うように絡まり、思考を鈍らせる。
抱き寄せるように腰を抱えられ引き寄せられ、逃がさないと言わんばかりだ。
鍾離から与えられる口づけを必死に受け取るウェンティは、己に手にある鉢植えをぎゅっと抱きかかえる。
本当は鍾離に抱き着きたかったが、自分のために用意された大切な贈り物を落とすわけにはいかなくて。
「……すまない。気が付かなかった」
「ほぇ……?」
角度を変えて何度も何度もキスされたせいで、酸欠気味なのかウェンティの表情は惚けているようだ。
焦点の定まらない翡翠色の眼差しで鍾離の姿を捉えようと瞬きを繰り返していれば、抱きしめていた鉢植えが腕から無くなってしまった。
ウェンティが大事そうに抱きかかえていた鉢植えを奪い取った鍾離はそれを近くの棚に置き、今度は両手で少年の頬を包み込んだ。
「ま、まって、モラクス―――っ」
制止を求める声が聞こえた気がしたが、鍾離は気付かなかったことにして再び口づけを落とす。
深い口づけは貪るという言葉が相応しい。
鍾離はもっと深く口づけたいという衝動のまま角度を変え、何度も何度もウェンティの唇を貪った。
合間合間に聞こえるダメだという制止の言葉。
それでも口づけることを止めないのは、ウェンティの腕が己の首に回されていたからだ。