TREMOLO [ANNEX]

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緑の帽子



「……これはどうする?」
「知った後で身に着けられるわけないでしょ? ……残念じゃないって言ったら嘘になるけど、でも、少しでも君に疑惑が向けられるかもしれないことに比べればなんてことないよ」
 再び差し出された帽子。視線を落としてぐしゃぐしゃになったそれを見たウェンティはもう必要ないと首を振る。
 すると鍾離は笑みを深くし、皺を伸ばした後家に飾っておこうと言って恋人の髪を撫でた。
 確かに璃月では緑の帽子を身に着けることは要らぬ噂を呼んでしまうため勧められないが、だからと言って故郷の思い出を捨てることはさせたくない。
 だから自分達が暮らす家で思い出の一つとして飾り愛でようと言ってくる鍾離に、ウェンティが見せるのは嬉しそうな笑い顔だった。
「ありがとう、鍾離先生」
「礼を言われる事ではないだろう? 俺のために異国の地から移り住んでくれた伴侶に対して当然のことだ」
「ふふ。律儀なんだから」
「愛想を尽かされないよう必死なだけだぞ」
「そもそも愛想を尽かすことがあり得ないよ。ボクがいつから君の事が好きか、知ってるでしょ?」
 群衆の注目は既に逸れているから、心置きなく甘えられる。
 ウェンティは一歩恋人に近付くと、彼の胸元に手を添えて見上げた。すると鍾離から返ってくるのは愛おしさを隠さない笑みで、想いに胡坐をかいて大切なモノを見失いたくないと返されてしまった。
 『奇跡』と呼ぶべき想いを『当たり前』にしたくない。
 そう言ってくれる鍾離に、ウェンティもそうだねと頷いた。
 物事は常に変わってゆく。
 それは、世の常。
 『永遠』と呼ぶべきものが存在しないと誰よりも知っているからこそ、大切にするべきものは何か、見誤らないようにしたい。
「さっきは八つ当たりしてごめんね、鍾離先生」
「俺の方こそ、理由も聞かず酷い言葉を浴びせた。すまなかった」
「ううん。あれは当然だよ」
 愛してるからこその嫉妬でしょ? そう言いたげに見つめてくるウェンティ。
 鍾離は恋人の頬を今一度撫で、恋しさを紛らわせる。だが、掌に擦り寄るように甘えられては、我慢などできるわけがなかった。
 人目を憚らずにウェンティへと口づけを落とす鍾離。だが、突然のキスにウェンティは驚くだけで笑って許されたから同じ想いだったようだ。
「ねぇ、早く服を見に行こうよ。じゃないと、明日からボクが着る服、買えなくなっちゃうよ?」
 急がないと明日から全裸で過ごすことになっちゃう。
 そう茶化して笑うウェンティに、鍾離は一日中ベッドの中に居たいという誘いかとその肩を抱き寄せた。
「バカ!」
「はは。違いない」
 半分本気だったが、まぁ当然の反応だろう。
 ウェンティの反応に少し残念だと思う鍾離だが、休みの日であればやぶさかでないと言われてしまえば、次の休みは是非その誘いにのってやろうとこっそり決めたとか。
「でもボクに似合うかなぁ? 一度も着たことないから全然想像できないや」
「安心しろ。先も言ったが、お前に似合わない服など在りはしない。そのどれもがお前のためにこしらえたモノになるに決まっている」
「もー! またそんなこと言って! 全部似合うとか言わないで、ちゃんと選んでよね?」
「それは安心しろ。ちゃんと俺が脱がせたい服を選んでやる」
「! だから!!」
 本当、君ってバカだね!?
 そう言って詰りながらも笑うウェンティに鍾離は事実と本心しか言っていないと笑い返した。
 先程までの険悪さなど嘘のように仲睦まじく寄り添う二人はこの後何軒かの店を回り、その先々で多くの服を購入していった。
 そして翌日には四六時中仲睦まじい様を見せつけられて家族に会いたくなったとぼやく店員達の愚痴が出回っていたらしいが、当人たちの耳に届くことは無く、以降、璃月港では伴侶に贈られた装いに身を包んだ愛らしい吟遊詩人の姿をよく見かけるようになったらしい。






[終]





2024-02-16 公開



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