TREMOLO [ANNEX]

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風神が嫉妬する話



 おおよそ五〇〇年前に勃発した大戦では多くの命が失われた。数多の血が流れた戦は終結した後もその傷跡を人々の心に残し、怒りや憎しみに苛まれる者や失った大切な存在を想い悲しみに暮れる者など様々だった。
 その中でも最も大きな傷を負ったのは、稲妻の人々だった。
 当時雷神として稲妻を統治していた女性は先の大戦で命を落としてしまった。神の絶命を民達が知ることはなかったが、神の影武者であり双子の片割れであった女性の嘆きと悲しみは計り知れないものだった。
 彼女は没した片割れに変わり新たな雷神となり、『永遠』を求め、民を護るために自国を閉鎖してしまった。もう二度と悲しみが稲妻を襲わぬようにと不変を求めることで彼女自身の悲しみを癒そうとしたのだろう。
 鎖国は永い年月を経て、稲妻という国はこのまま断絶された国としてテイワットの一角に地図上でのみ確認できる存在になるかのように思われた。
 だが、転機が訪れたのは鍾離が神の座を辞して間もないころだった。これまでモンドや璃月で数々の偉業を成してきた異世界からの旅人が傷ついた稲妻の人々を救ったのだ。
 雷神は突き付けられた『永遠』という矛盾を前にして考えを改め、鎖国は解かれた。稲妻に異国の船が発着するようになったのも同じころだ。
 これまで未知の国として興味を持っていた多くの人々は稲妻を訪れ、また稲妻の民も異国へと赴き、それらはとても良い効果を生んだと聞いている。
 自由に行き来できるようになって随分経ち『人』としての暮らしも板についてきた頃、いつものように酒で上機嫌になった恋人が鎖国が解かれて間もないころに稲妻を訪れたことを話した。
 昔と変わらず美しい国だったと当時を思い出している恋人の姿に鍾離が旧友を懐かしんだのは当然のことだろう。
 まぁ、新たな友と出会うことができて楽しいひと時だったと嬉しそうに笑った姿はとても腹立たしく、『嫉妬深い恋人』に話す内容に気をつけないとどういうことになるか『分からせた』がそれは別の話ということで置いておこう。
 もう随分見ていない旧友の姿に鍾離が稲妻への旅行を決めたのは翌朝のこと。
 分からせ過ぎたせいでベッドに突っ伏して文句を言っていた恋人のご機嫌取りも兼ねて『旅行』に誘えば、口では『仕方ないな』と言いながらも嬉しそうだった。
 それからはトントン拍子で話が進み、今眼前には美しい櫻の大樹が咲き誇っている。
 鍾離は間もなく港に着くという船員達の声に踵を返すと恋人を呼びに船室へと足を進めた。
「間もなく到着するそうだ。もう暫くの辛抱だぞ」
「うぅ……、はやくぅ……」
 船室に置かれた簡易ベッドに突っ伏す恋人からはくぐもった声が。鍾離がベッドの際に腰を下ろせばギシッと音を立てて軋んだ。
 いつもは結われている緑髪を優しく撫で、「吐くか?」とその体調を気遣ってやる。返されるのは吐く物がもう何もないという苦し気な声で、困ったように鍾離は笑った。
「考えて呑まないからこうなるんだ。帰りは俺の言うことをちゃんと聞け。いいな?」
「お説教は、あとにして……、本当、気持ち悪くてもう無理……」
 吐きたいのに吐けないと悲壮感を漂わせる恋人。鍾離は尚もその髪を撫でながらまさかここまで船酔いが酷いとは思わなかったと苦笑を濃くした。
 船に酔いやすいから先にお酒に酔うんだと訳の分からない理論を振りかざして出港早々酒ばかり飲んでいた恋人―――ウェンティの言葉を酒が飲みたいだけの嘘だと決めつけていたことを反省しつつ、帰りは途中で酒が切れることがないよう管理しないとと思う鍾離だった。





2023-08-07 公開



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