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「まさか風神が船酔いするとはな」
「笑わないでよぉ……ボクが一番、そう思ってるんだからぁ……」
「すまん。酒を呑む口実かと思っていたんだ」
「うー……、そう思ってもらいたかったのにぃ……」
情けないとべそをかくウェンティは枕に顔を突っ伏し、最悪だと涙声を漏らしていた。
「モラクスはなんで平気なのぉ」
間延びした声で自分だけ苦しいのは不公平だと訳の分からない八つ当たりを零すウェンティ。鍾離は苦笑を濃くしながらも「すまない」と謝罪する。己に非など一切ないにもかかわらず。おそらく彼は唸り声をあげている恋人の姿に悪態を吐くことで少しでも気分の悪さが軽減されるのならそれでいいと思っているのだろう。愛しむ様な眼差しで尚もウェンティの髪を撫でている。
「モラクスのバカぁ」
「そうだな」
「分からず屋」
「悪かった」
「頑固じじぃ」
「気を付ける」
ウェンティから飛び出る数々の悪口にも鍾離は目じりを下げたまま。本来なら多少なりとも腹を立てるだろう言葉の数々に彼が笑っているのは、零されたそれらが本心かどうか知っているから。長い付き合いだからこそ、それらが心の籠っていないただの『音』だと分かるのだ。
唸り声は止むことはなく、頑固なのはどちらなのかと鍾離は内心思った。
酒が切れて船酔いの症状をウェンティが訴えてきた時、鍾離は風神の力を使い一足先に稲妻まで向かうよう提言した。
鍾離自身、船酔いの経験は皆無だが、それに苦しんでいる民の姿は何度も見てきた。彼らの蒼白になった顔はまさに死相と呼べるものだった上、吐いて楽になるかと思えば己の吐瀉物に更に吐いてを繰り返していたのだから、他人事ながらも憐れに思ったものだ。
それをこれから己の恋人が味わうのかと想像し、正直ゾッとした。自分にできることは少しでも楽になるよう背中をさすってやることぐらいで、苦しむ恋人を港に着くまで見続けることなど、耐えられる気がしなかった。
だからこそ風と共に稲妻に向かうよう勧めたのだ。だが、ウェンティから返って来たのは、それは嫌だという言葉。
『人』として生きると決めた故、こんなことに風神の力を使いたくないということだろうか。拒否の言葉が返されると思っていなかった鍾離は面食らったものの、無暗に力を使う事を好まない性格はお互い様かと一応納得した。
だが、日に日に悪くなる顔色と眉間に残り続ける皺にいい加減我慢の限界だった。到着が後数日遅ければ彼の眷属を呼び出してでも船から降ろしていたところだ。
「うぅ……気持ち悪いよぉ……」
「あと少しの辛抱だ。上も騒がしくなってきたことだ、数刻で着港するはずだ」
「なら、外で待ってたい……。着いたらすぐ、降りたいぃ……」
「分かった。準備をするから少しだけ待てるか?」
「うん……、ごめんね、モラクス……」
「気にするな」
枕に突っ伏していた顔を上げ、申し訳なさそうな表情で鍾離を見るウェンティ。その表情は青白く、普段の無邪気な笑顔の面影は何処にもない。その姿に内心心を痛めながらも鍾離は傍を離れることを謝るとその額に口付けを落とし、港に着いたらすぐに船を降りられるよう荷物を纏め始めた。
背後から聞こえる唸り声は弱々しく頼りない。どうにかあと少し、気を紛らわせてやれないだろうかと考える鍾離の脳裏に過るのは、先程見た美しい櫻の大樹だった。それはまさに息をするのを忘れてしまいそうなほど美しい風景。きっとアレを見れば恋人も少しは気が紛れるだろう。そうと決まれば善は急げ、だ。
鍾離は手早く荷物をまとめるとそれを左肩にかけ、ベッドへと歩み寄る。
「バルバトス、掴まれ」
「ん……ありがと……」
再び枕に突っ伏していたウェンティの肩を優しく揺すり、抱き上げる。
抵抗することなく彼の腕に抱きかかえられたウェンティは鍾離の首に腕を回し、ぎゅっとしがみついて来た。どうやらウェンティは弱っていると甘えん坊になってしまうようだ。
恋人のそんな一面を鍾離が知らないわけはない。愛しむように髪に口付けを落とし、「よく耐えたな」と労いの言葉で存分に甘やかしてやった。