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咲き誇る櫻の大樹は今日も変わらず美しい。この地を歩いた時間を全て足しても永い生の中でもはほんの刹那。だが、それでも永劫心に刻まれる風景だろうとウェンティは思った。
潮風が吹き込む港町に立ち、過ごしていた数日を思い返していたウェンティはおもむろに口を開き、色々あったが楽しい旅行だったと笑みを浮かべた。
「そうだな。できることならこの美しい景色をまた見に来たいものだ」
「だよね。でも、当分は無理じゃない? バアルゼブル、相当お冠みたいだったし」
「致し方あるまい。どう考えてもこちらに非があることだ」
ウェンティの隣で同じ風景を眺めていた鍾離も表情に笑みを浮かべ、まさか畜生に例えられるとは思わなかったと旧友の小言を思い出していた。
影も自身が統治する土地で愛し合うなと言っているわけではない。ただ、野外で睦み合うことを良しとしていないだけだ。そしてそれがあわや大事件になりかけたのであれば、目を瞑るわけにもいかなかったのだろう。
自身の友人が民に迷惑をかけた責任感故か、あれから昨日まで何処に行くにも彼女が同行してくれたおかげで睦み合うことはもちろん、デートすらままならなかった。昨夜旅の終わりを告げれば、心底安堵した影の顔は暫く忘れられないだろう。
「次この景色を見れるのはいつになると思う?」
「五〇、いや、一〇〇年は難しいかもしれないな。彼女は実に頑固だから」
「それ、モラクスが言う?」
「俺だから言えることだ」
それはつまり、同類だからこそ分かると言うことだろうか?
ウェンティは肩を竦ませ、なら今目の前の風景を目に焼き付けておかなくちゃと悠然なる櫻の大樹を有す国の姿を見つめた。どうか次この地を訪れた際もこの美しさは変わっていませんように。そんなことを願いながら。
「人にとっては長い歳月も俺達には閃光のようなものだ。憂いを覚えずとも、またすぐ見に来れる」
「だね。……バアルゼブル達はきっとその時も変わってないだろうね」
「そうだな。更に勢いを増している可能性はあるだろうが、本質は変わらないだろう」
あれ以上パワーアップされたら困ると言いながらもクスクスと笑うウェンティ。恋人に甘えるように寄り添えば、肩を抱き寄せられた。
久しぶりの甘い空気にちょっぴり照れながらも鍾離を見上げると、彼は風景ではなく此方を見ていて更に照れてしまう。
愛しむような眼差しに「見すぎじゃない?」と悪態を吐くも、赤い顔をしていては説得力がない。
鍾離は「むしろ足りないぐらいだ」と身を屈め髪に口付けてくる。
もう影は此処に居ないけれど、それでも船を待つ人の目は沢山あったからウェンティはこれ以上はダメだからね? と眼差しだけで訴える。返される困ったような笑い顔は、きっと『分かっている』ということなのだろう。
「……帰ったら、傍に居てもいい?」
「当たり前だ。そもそも暫く放すつもりも無いが?」
「モラクスのエッチ」
「仕方ないだろう? 意図せず禁欲を強いられたんだ。愛おしい存在が傍に居たにもかかわらず触れることも儘ならないなどまるで拷問だ」
愛しているから触れたい。それを悪だと言うのか?
そう尋ねてくるモラクスに、ウェンティはくすくす笑いながら首を横に振った。さっきの言葉は、単なる照れ隠しだよ。と。
「バルバトス」
「自分ばっかり我慢してるとか思わないでよね? ボクだって君に触りたいし触って欲しいんだからね」
「分かった。番の要望には応えないとな」
「! もう! 今じゃないってば!」
「分かっている。冗談だ」
クスクスと笑っている鍾離だが、絶対冗談じゃなかったと疑いの眼差しを向けるウェンティ。「もー!」と恋人の戯れを窘めるように叩いて見せるものの、その手は殆ど力が入っておらず形だけのものだった。
来た時と変わらず仲睦まじい二人。その耳に汽笛が届けば、楽しい旅行はいよいよ終わりを告げる。振り返れば大海原に浮かぶ一隻の旅船。近づくそれに、名残惜しいと思いながらも脇に置いた荷物に手を伸ばす。
「そう言えば、さっき何買ってきたの? すっごい大荷物になってるけど」
来た時の三倍程になっている鍾離の荷物。その殆どが港町に到着するや否や買い忘れた物があると言って彼が一人露店に調達しに行ったものだった。
胡桃達への土産は一緒に買ったのに、一体何をそんな大量に買ってきたのやら。
そう苦笑交じりに買い足した物品を尋ねれば、予想外の答えが返ってきた。
「酒だ。とりあえず買えるだけ買ってきたが、足りそうか?」
「えぇ? これ全部お酒なの? どういう風の吹きまわし?」
驚きながらも差し出された紙袋を覗き込めば、大きさも色も様々な酒瓶がぎっしりと詰め込まれていた。
いつもは嗜む程度に量を控えろと煩い鍾離。酒瓶を取り上げられることはあっても、与えられることなど皆無だった。
ウェンティは目を瞬かせて「嵐でも来るの?」と恋人を見上げる。すると彼は苦笑い浮かべて今回だけだと言った。何故今回だけ? と首を傾げてしまうのはそれからすぐのことだ。
「行きのように苦しむお前を見たくないだけだ」
「! ああ! そういう……」
「ああ、そういうことだ。船酔いで苦しむ姿を見るぐらいなら酔って前後不覚になってるお前の世話をしている方がよっぽど気が楽だからな」
言いながら髪を撫でてくる鍾離に、ウェンティは苦笑交じりに謝罪と感謝を伝えた。伝えて、言葉以上に伝わる鍾離の『愛』に胸が熱くなった。
「モラクスって本当、懐に入れた相手にはとことん甘いよね」
「『懐に入れた相手』ではなく『お前』に甘いつもりだが?」
「! もぉ……、だから今はやめてよぉ……」
「すまん。……甘えたくなったか?」
「なったよっ。すっごく甘えたくなった! どうしてくれるの!?」
甘えたな自分を取り繕うように悪態を吐くも、優しく肩を抱かれれば直ぐに大人しくなってしまうというもの。耳元で璃月に戻るまで一緒に耐えるよう懇願されては反抗する気も起きないから腹が立つ。
高揚した表情で鍾離を見上げるウェンティ。返されるのは愛おしさを隠さない熱を帯びた眼差し。その瞳に見つめられるだけでも我慢ができなくなりそうだと視線を逸らすウェンティは、間もなく停泊するだろう船を眺めながら今からでも自身の力で璃月に飛んで帰りたいと思ってしまったのだった。