TREMOLO [ANNEX]

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岩神が嫉妬する話



 以前から薄々感じていたことだが、もしかすると自分は非常に嫉妬深い男かもしれない。
 講談師の巧みな話術に人々が魅せられている中、鍾離は物語に耳を傾けることなく目の前で楽し気に聞き入ってる少年の姿をした元風神バルバトス―――ウェンティを見つめながら何やら考え込んでいた。
(最近バルバトスを見ると何故か腹の底に不快感を覚えるが、これは俗にいう嫉妬と呼ばれるものだろう)
 講談師が語る談話は人を惹きつけ、夢中にさせる。
 ウェンティは囁くような講談師の声を聞き漏らさぬよう身を乗り出し、武勇を称える高々な声には表情を輝かせて物語にのめり込んでいる。
 その姿を愛らしいと思う反面、彼の本当の姿ではないという事実がどす黒い感情をしずくのように滴らせ、腹の底に溜まっていった。
 魔神である鍾離とは異なり、ウェンティは精霊だ。本来、その実態は風の中にあり、人の形は成してはいない。
 しかし鍾離がウェンティと出会った頃には既に今の姿をしており、それが彼自身によって創り出された器だということは知っていた。
 以前、一度だけ器ではなくウェンティ本来の姿を尋ねたことがあったが、返って来たのは『風』という言葉だった。
 本来の姿が『風』とは答えになっているのかと疑問を抱いた鍾離だが、元素精霊にとって形は在って無いようなもの。それ故『真の姿』という概念は希薄だろう。と無理矢理納得することにした。
 あれから数千年。巡った歳月は土地を、人を変え、気が付けば決して相容れないと思っていた存在と恋仲にまでなっていた。
 世界は未知であり、何が起こるか分からない。
 我が事ながら実に感慨深いと思う鍾離だが、改めてウェンティに視線を向けるとやはり腹の底にどす黒い何かが溜ってゆく。
 キラキラと瞳を輝かせて講談師を―――他の男を見つめている事実が気にくわないのか?
 勿論それもあるが、二人きりでも同じ感情を覚えるのだから根本ではない。
(分かっている。俺はあの姿が気に入らないんだ)
 ウェンティが作った人型の器。
 それは彼が数千年前に璃月の隣国モンドを支配していた魔神デカラビアンを討ち風神バルバトスとなった際に戦友の姿を模してこしらえたモノ。
 ただの元素精霊でしかなかったウェンティが風神として生まれ変わる切欠となった少年は、自由への戦いの最中に命を落としたと聞いている。
 ウェンティはその姿を借りたことについて、決意を、信念を忘れないためだと言っていた。大切な友人だったから。と。
 知った背景に、当時は美談だとすら感じたウェンティの過去。しかし今は美談ではなく、志半ばで引き裂かれた悲恋の物語のように思えてならない。
 想いが通じあった際に色恋という感情を初めて知ったとは言っていたが、果たしてそれは真だろうか?
(自覚する前に失ってしまっただけではないだろうか?)
 本当は今も名も知らぬ少年が恋しいのでは?
 そこまで考えた鍾離は、醜い感情が腹の底で暴れ回る感覚を覚えた。
(仮にそうでも、今更手放す気はないぞ)
 いつの間にか握りしめていた手に力が入り、禍々しい感情が殺気となって僅かに漏れる。
 神の座を退いて久しいとはいえ、岩の魔神モラクスの力は健在。このままでは周囲に良くない影響を与えることは必至だろう。





2023-07-20 公開



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