「な、なんだ!?」
まるで大地震の前触れのような地鳴りが辺りに響き、揚々と講談を披露していた男の声が狼狽する。
物語を聞き入っていた人々も異変に気付き、先程までの明るい表情は形を顰め、恐怖に慄いて悲鳴を上げていた。
「ちょ、ちょっとモラク―――鍾離先生っ、先生ってば!!」
「! ……、な、んだ……?」
周囲の喧騒すら耳に届かず波紋を成す茶器を一点に見据えていた鍾離は響きの良い音に我に返ると、状況を瞬時に察したのか動揺を見せた。
御することのできない感情だが、内に秘めることはできていたはず。しかし、遠退いていた意識を戻す直前、確かに大地の轟音が聞こえていた。
自分が正気に戻ったことで呼応していた大地は鎮静し、先の異常が嘘のように悠然と人を、家屋を支えている。
災厄の到来かと怯え机や物陰に隠れて身を震わせていた面々は辺りを警戒しながらも顔を覗かせ、いったい何だったのかと先程の異変に心配を見せた。
「コホン、み、皆さん、お怪我はありませんか?」
恐れと不安の表情を見せる人々に講談師は気丈にも朗らかな声をかけ、「先程の地鳴りはまるで生前の岩王帝君の覇気のようで驚きましたね」と、恐れるものではないと笑いながら倒れた椅子を元に戻し始めた。
「『生前の岩王帝君』、ですか?」
「はい。岩王帝君の武勇を謳う書には必ずこう記されています。『岩王帝君の声は民を奮い立たせ、覇気は璃月に害を成す者達を怯ませた』と。彼の咆哮は大地を駆け巡り、璃月を攻める侵略者は生じた地割れに飲み込まれたそうです」
「凄い神様だったんですね……。私が生まれる前にお亡くなりになったと祖母からは聞いてはいたのですが、そんな凄い神様に守られていたから璃月の民は皆岩王帝君を今も敬愛し続けているのですね」
「そうです! 岩王帝君はまさに七神の中でも一番の神だったんです! 分かっていただけますか!」
一目でいいから逢ってみたかったと力なく笑う女性に講談師は興奮気味に詰め寄り、是非とも岩王帝君の武勇を聞いてくださいと声を張り上げていた。
男の勢いに女性は目を丸くして驚きの表情を見せ、だが彼から岩王帝君への尊敬を感じ取ったのかくすりと笑みをこぼすと是非聞かせてくださいと頷いた。
近くに居た男性からは新手のナンパかとツッコミが入り、それに慌てて非礼を詫びる講談師。
一連のやり取りに先程までの恐怖や不安は消えてなくなり、辺りには活気が戻ってきた。
「それじゃあ次は岩王帝君の武勇が聞けるのか。いいねぇ。今日はもう店じまいだ」
「あんた、さっきから呑んでいるそれは水だったのかい? とっくに仕事に戻るつもりもなかったくせに」
「うるせぇ。いいからお前も座りやがれ! 我らが岩王帝君がいかに素晴らしい神様だったか耳の穴かっぽじって聞くんだよ!」
「それでは、ご要望にお応えして」
人々が再び宅を囲み、講談師は咳払いを一つ落とすと高々と声を響かせた。今は亡き岩王帝君が璃月を繫栄に導いた軌跡をたどる物語だ。
「『素晴らしい神様』、ねぇ」
「……何も言うな」
「まだ何も言ってないでしょ。『呆けて大切な民を怖がらせる神様なのに』なんて一言も」
隣に座るウェンティは自分の不覚に項垂れている鍾離にもたれかかるように身体を寄せると、「じいさんもこんな失敗するんだね」と楽し気に笑って見せた。
「失敗した経験はあるが、こんなことは初めてだ……」
「そんなに落ち込む必要ないでしょ? 皆もう気にしてないんだし。ほら、ちゃんと聞こうよ。岩王帝君の武勇伝を!」
「っ―――、帰るぞ」
拗ねない拗ねない。と笑いながら頬を突いてくるウェンティの手を止めるように掴むと、そのまま彼を引き摺るように歩き出す鍾離。
強引な腕に引かれ、ウェンティは講談が聞きたいと文句を零しながらも大人しく彼について行く。理由は分からなくとも、恋人に何かあったことは察しているのだろう。
(情けない……)
一瞬とはいえ嫉妬に身を任せて我を失うなど、初めての経験だった。
鍾離は何も分かっていないウェンティにこれからこの情けない顛末を説明することになるのかと内心頭を抱えたくなった。