TREMOLO [ANNEX]

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岩神が嫉妬する話



 自分とは異なる細い腕を掴んで半ば強引にウェンティを連れ歩いていた鍾離が足を止めたのは、街中をかなり進んでからだった。
 露店が並んだ繁華街から居住地へと変わった景色。
 自身の行動を弁解するべきかと考え込んでいれば、「ねぇ」とそれまでずっと黙っていた少年が口を開いた。
「足、ちょっと疲れたからあそこに座らない?」
 追及の言葉がかけられるだろうと身構えていた鍾離だったが、ウェンティは普段と変わらぬ様子で木陰におかれた長椅子を指さした。
 それは、らしくない行動をとる恋人への気遣いだ。
 鍾離は一呼吸置いて「そうだな」と示された方向へと足を向けた。
(余裕がないとは、まさにこういう状況のことを言うのだろうな……)
 平静を取り戻すことはできたが、おかげで先の自分の行動がどれほどみっともないモノだったかを思い知る。
 既に没した男に嫉妬を抱き、何度も想いを伝えあった恋人の心を疑い、挙句未だ神であった自分を称えてくれる民達を危険に晒した。
 パッと思いつく限りでも酷い有様だ。冷静な目線で見れば、更なる惨事であることは間違いないだろう。
(色恋とはこれほどまでに儘ならないものなのか)
 自分一人で完結するものではないから当然と言えば当然だが、相手の言動一つで右往左往する様は傍から見れば滑稽だろう。
 これまで常に冷静沈着であり、知識量は世界の理を知る知の神に次ぐ博識ぶりだと称賛され周囲の尊敬を欲しいままにしてきた鍾離が抱くのは、恐れ。
 見世物小屋で透明な箱に入れられた餌を求める猿のように色恋に振り回される自分を、この少年はどう思っているのだろうか。
 他のことであれば悩むことなく尋ねられるだろうに、我が事ながら全くもって情けない。
「やっぱりいつもボクに合わせてくれてたんだね」
「……? 何のことだ?」
 思考を巡らせていれば隣から聞こえる朗らかな声。
 一旦情けない考えから意識を切り離しウェンティへと視線を向ければ、彼は何処か嬉しそうに微笑んでいた。
「歩調だよ。前から不思議だったんだよね。じいさんだから歩くの遅いのかな? って」
 魔神が何歳から『老人』なのかは知らないけど。
 悪戯に笑うウェンティは自由が利く方の手を自身の腕を掴む鍾離の手に重ねると、それを放すように促してくる。
 抗うこともせずウェンティを解放すれば、漸く解放された手で鍾離の手を握ってきた。
「普通に考えれば、そうだよね。足の長さ、全然違うし」
 ウェンティは笑顔のまま言葉を続けた。
「じいさんは昔から言動が一致しないから気づくのに時間がかかるよ」
「待て。本当に何のことだ」
 恋人が何故こんなにも嬉しそうに笑っているのか理解できない鍾離は眉を顰め、何が嬉しくてそんな愛らしい笑みを見せるのかとまた醜い感情が腹を這いずり回った。
 明らかに不機嫌な面持ちの鍾離。ウェンティは彼が自分の言っている言葉を正しく理解していないと知っているのか、くすくすと笑い、そして教えてやった。
「だから、ボクと一緒だとゆっくり歩いてくれてるんだよね? って話」
 安心して。自分がどれ程愛されているかちゃんと知っているから。
 幸せそうに笑うウェンティの目には驚きの表情を浮かべる鍾離が映り、彼は顔を背けると繋いでいない方の手でその顔面を覆い隠した。
「全くもって無意識だった……」
「みたいだね。本当素直じゃないよね、モラクスは。いっつも厳しい言葉で沢山怒るくせに、蓋を開ければその全部が愛情の裏返しなんだもん。愛されてないと思う方が無理があると思わない?」
 微笑む少年は分かっているようだ。先の態度はその深い愛故ということを。



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2023-07-21 公開



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