「いつまで笑っているつもりだ」
「さぁ? いつまでだろう?」
居た堪れない心の表れか、鍾離は眉間に皺を作る。だが緑髪を撫でるように伸ばされた手は優しくて、ウェンティは笑顔のまま鍾離の腕にぴったりと寄り添ってきた。繋がれた手は一度解かれ、再度結ばれた時には指と指を絡めるように交わっていた。
「足は大丈夫か?」
「んー、実は踵が擦れてちょっと痛いんだよね」
数日前に新調したことが仇になったと言いながら己の踵を振り返るウェンティ。すると、その言葉を聞いた鍾離は折角の恋人繋ぎをあっさりと解いてしまう。
凄くいい雰囲気なのに酷くない?
そんな不満が口を突いて出そうになるも、ウェンティが言葉を発するよりも先に足が地面から離れ、驚きのあまり絶句した。
何が起こっているのかと状況を正しく認識するため止まった思考を必死に働かせて目を瞬かせるウェンティは、ゆっくりと流れる景色に自分が移動していることを知る。そして普段は遠い鍾離の顔がすぐ目の前にあって、漸く自分が抱き上げられていることを理解した。『お姫様抱っこ』と呼ばれる抱き方で。
「ゆっくりなら歩けるんだけど?」
「俺のせいで負傷したんだろう? ならば俺が責任を持って面倒を見るべきだ」
「別に『責任』とか感じてもらわなくていいんだけど。『面倒』かけてごめんね!」
「すまない。言葉の綾だ」
珍しくムッとしたウェンティの声色に鍾離はすぐに詫びを入れると人通りから外れ木陰になっている長椅子に腰を下ろした。抱き上げられていたウェンティは必然的に鍾離の腿に座ることになったが抗うことも降りることもせずむしろ鍾離の首へとその腕を回して全身を預けるように抱きついた。
「デリカシーがないのはお互い様だけど、たとえ言葉の綾でもお荷物扱いはやめてよね。次は暫く口利いてあげないから」
「ああ。本当に悪かった」
「本気だからね? お荷物扱いされて面倒事みたいに扱われるのは一回で十分だよ?」
口だけの謝罪にならないよう釘を刺してくるところを見るに、本気で嫌だったのだろう。
珍しく重ねて約束を求めるウェンティに、鍾離は少々物珍しさを覚えた。
「随分拘っているようだが、何故だ? 昔は俺が何を言っても気にも留めなかっただろう?」
「やっぱりさっきの訂正。デリカシーがないのはモラクスだけ!」
「―――っ、何故だ?」
唇を尖らせ拗ねた姿も愛らしい。
そんなことを内心考えていた鍾離だが、決して喧嘩することを望んでいるわけではない。
だからその唇にキスをしたいと思いながらも衝動を堪え、不機嫌な理由を教えて欲しいと改めて乞う。すると、本気で分からないの? と呆れ顔が返ってきてしまった。
「あのさ、ボクはモラクスの何? お荷物? 自分勝手な元風神? 隣国から来た呑んだくれの吟遊詩人?」
どれだと思っているのかと人差し指を眼前に突き付けてくる少年は頬を膨らませて怒っている。
鍾離はそんなウェンティを前に、その膨らんだ頬に噛みついてやりたいと全く違うことを考えていた。
「モラクス! 集中!」
「あ、ああ。……お前は俺の『何』かと聞かれれば、『伴侶』としか答えられないな」
「! で、でしょっ!? だ、から、ボクはモラクスの『伴侶』だから、義務とか責任とかで心配されたくないって言ってるの!」
ただ心配だったから。
抱き上げた理由はそれで充分だったということだ。