TREMOLO [ANNEX]

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岩神が嫉妬する話



「いい? 格好をつけるにしても時と場合を間違えたら大惨事だからね?」
「ああ、分かった。……しかし、なるほど。これが『格好をつける』という感情か」
「学習できたみたいで何よりだよ」
 鍾離の肩に頭をあずけ、博識の癖に無知だと苦笑を漏らすウェンティ。鍾離はそんな少年の髪を撫でながら『人』として自分はまだまだ未熟だと同意した。神の座を降り人の世に紛れてそれなりの歳月を過ごしたが、腕に抱く少年に比べれば赤子同然の時間なのだろう。
 鍾離は髪を撫でる手を止め、思う。少年はおそらく七神の中で最も『人』を愛した神だったのだと。
 『人』を自由にするために神であることを辞めたウェンティの心を本当の意味で知ることは叶わない。だが、ウェンティにとって『人』が何よりも愛しく大切なモノであったことは間違いない。そして彼をそうしたのは、おそらく――――。
「……どうしたの? また風が乱れてるよ?」
「! なんでもな――――、いや、少し、懐古していた……」
 かけられた言葉に視線を向ければ、澄んだ瞳が自分を真っ直ぐ見つめている。
 己の醜い感情を隠す言葉を発しようとした鍾離だが、これが先と同じく『格好をつける』ための嘘であることは明白だった。そして同じくウェンティは忠告していた。見栄のための振る舞いは時と場合を誤れば酷い事態を招きかねない。と。
 鍾離は言いかけた言葉を噤み、心が乱れていた理由を話した。諍いを避けるために紡いだ言葉は嘘ではないが真実でもない。
 これはたった一言、『彼が恋しいか?』と聞けば全て解決する話。しかし逢ったこともない男への嫉妬と少年を失うかもしれない恐怖に、どうしても口にすることができない。
 鍾離はウェンティをじっと見つめ、口にすることなく問いかける。何故いまだその姿を象る? と。
 頬を撫でるように手を添えれば、瞳を伏せて甘えるように掌に摺り寄せてくる少年。そこにある想いは確かなはずなのに、自分は何故こんなにも恐ろしいと感じているのだろうか……。
「昔を懐かしむにしては随分穏やかじゃないね」
「そうだな」
「ねぇ、モラクス。ボクが全然頼りないってことは分かっているけど、もう少しだけ信じて欲しいって言ったらダメかな?」
「バルバトス?」
 手に手を重ねたウェンティはゆっくりと瞳を開き、笑う。その笑顔は少し悲し気で、鍾離は不安を覚えた。自分の行動がこんな風に笑わせてしまったのだと気づいたのは、続く言葉を聞いた時だ。
「ボクはモラクスみたいに知識も経験も浅いし、考え無しの言葉に怒らせることも沢山あるよ。でも、それでも自制できないほど何かに悩んでいるなら、話して欲しい。それを解決する力はなくても、モラクスを纏う風が少しでも穏やかになるよう傍に居たいから」
 いつもの屈託のない笑い顔ではない、力のない笑みに滲むのは非力な己への悔しさか。淋し気なその笑顔に、鍾離はそこで漸く少年が不安を感じていえることに気が付いた。
 恋人が思い悩んでいるのは明らかなはずなのに、言葉を濁すだけで相談すらしてもらえない。その姿に、近しい者程感じるだろう。心に触れることを拒絶されている。と。
 ウェンティは鍾離からの拒絶を感じ、傷ついている。そして彼の拒絶は自分が至らないからだと己を責めている。
 鍾離が抱いているのはただの嫉妬だ。そしてそれを『格好をつける』ために隠しているだけ。しかし交わされない言葉は疑心を生み、想いを歪ませる。誤解というものはこんなにも簡単に生まれるのだ。
(俺は何をしているんだ。恐れて真意を確かめることもせず嫉妬に身を焦がすだけでは飽き足らずバルバトスにこんな言葉を言わせてしまった)
 情けない。それ以上ない程、己が情けない。
 後悔に打ちひしがれる鍾離は、再び言葉を紡ごうとしたウェンティの口を塞ぐよう手を伸ばした。



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2023-07-23 公開



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