言葉を遮るように大きな手で口を塞がれたウェンティは驚いたように目を見開いて見せ、視線だけで『どうして?』と尋ねてくる。鍾離は罪悪感と己への憤りを感じながらもその視線を真っ直ぐに受け止め、「悪かった」と謝罪の言葉を紡いだ。
「俺が不甲斐ないばかりにお前にそんな言葉を口にさせてしまった。本当にすまない」
「不甲斐ないモラクスなんて、見たことないよ?」
詫びる鍾離の手に触れるウェンティは自身の口を解放するよう握りしめる。自由になった唇は笑みを象っていて、慈愛に満ちた表情に鍾離の居た堪れなさが増した。
力なく笑う鍾離は握られた手をそのまま少年の頬に添え、「お前が愛おしい」と嘘偽りない言葉で想いを伝えた。
「い、きなりだね」
「そうでもない。……口に出していないだけで常に思っている」
突然の告白にウェンティは目に見えて狼狽えている。彼は視線を一度外し、心を落ち着けるように大きく息を吐くと再び鍾離に視線を戻して苦笑いを見せた。
ウェンティが戸惑っている事は分かっているが、鍾離は真面目な面持ちを崩さず、更に『想い』を告げる。悪友に近い存在だったはずが、いつの間にかこんなにも愛おしい存在になっていた。そして愛おしいが故、過去に焦燥を覚える。と。
「『過去』って?」
「俺が知る由もない時間の―――お前が風神になるよりも前のことだ」
意味が分からないのだろう。ウェンティは不思議そうな表情を見せる。小首を傾げて見せるその姿が愛らしいと思いながらもその姿の背後にある少年の存在に心が淀むのを感じた。
鍾離はウェンティの結われた髪に触れ、それを自身の唇へと導くと毛先に口付けを落とした。自分が恋人だと確かめるように。
「モラクス……?」
「お前の姿を、愛おしいと思う。よく笑うところも、風を奏でる唄も、酒に溺れて俺を呼ぶところも、全て愛おしい」
「う、そつき……、お酒を吞み過ぎたら、めちゃくちゃ怒ってるじゃない」
「俺以外の前で無防備な姿を見せるからだ。……愛らしいお前を見ていいのは俺だけだ」
「ちょ、ちょっと待って……、本当、何? モラクス、どうしたの……」
言葉全てが甘すぎて耳から融けちゃいそうだよ……。
熟れた林檎のように真っ赤な顔で言葉を遮るように両手を伸ばしてくるウェンティは視線すら甘いと顔を背け、これ以上は勘弁して……と羞恥に震えている。鍾離はそんな恋人を愛おし気に見つめると口を塞ぐよう添えられた手に口づけを落とした。それに驚いたウェンティは慌てて手を引っ込め、話を聞いていたのかと赤い顔で睨んでくる。
「お前の全てが愛おしい。嘘偽りなく、お前を愛している」
「だ、からぁ……」
「だからこそ、お前のその姿を象る理由に嫉妬を覚えるんだ」
もうやめて……と首まで赤くしているウェンティ。鍾離はその姿を愛おしいと思えば思うほど、妬ましいと思うことを伝えた。
羞恥に悶えていたウェンティはその言葉に動きを止め、顔を上げる。瞳は驚きのあまり大きく見開かれ、零れてしまわないか心配になる程だ。
「名も知らぬお前の友はいつまでその心に居座り続けるんだ?」
先も言った通り、その姿が嫌なわけではない。ただ、いまだ想われている男の存在に醜い感情が渦巻いてしまう。
そう言って笑う鍾離の眼差しは悲し気だ。
輪郭を確かめるように頬を包み込む大きな手。
愛おしい。本当に愛おしい。それなのに―――。
己の狭量さを隠す言葉は見つからず、情けなさに鍾離は口を閉ざした。
ウェンティは元素精霊として生を受けた存在。その姿は今と違い、人ならざるモノだったらしい。
自分はその姿の頃を知らないが、今は亡き名も知らぬ少年は知っている。そしてウェンティは己の姿を変える時、人の器に少年のそれを選んだ。
以前は気にならなった事が、今はこんなにも鍾離の心を蝕んでいる。