TREMOLO [ANNEX]

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岩神が嫉妬する話



 鍾離に対してだけは、この先『幸あれ』と願うことはしないだろう。他者から齎された『幸せ』の中で笑う彼を見ることなど、堪えられないから。
 現にほら、その様を想像するだけで心が冷えてゆく。
 ウェンティは鍾離の傍に居るのは自分だと確かめるように抱きつく腕に力を込めた。鍾離から返されていたのは心もとない抱擁だったが、名を呼ばれたかと思えばそれまでが嘘のように力いっぱい抱きしめられる。
「この姿のままでいることを許してくれる……?」
「俺は先の話を聞いて『否』と言えるほど器の小さい男ではないつもりだ」
「だよね。岩王帝君は海のように広い心の持ち主、だもんね?」
「誇張された講談に毒され過ぎだな。……だが、今はそうありたいと思う」
 苦笑を漏らせば、身を引き額を合わせてくるウェンティ。
 モラクスは鼻先が触れ合うほど近い距離に囁きを落とす。
 身を焦がすこの妬心はおそらくこの先も無くなることはないだろう。だが、恋人が自分のために紡いでくれた言の葉は燻る業火を穏やかなものにしてくれたから、大丈夫。彼の想いを信じ、その全てを―――その姿も、過去も、信念をも、愛し尽くすことができる。
「ボクが知る『岩王帝君』は怒りっぽくて頑固なじいさんなのに、伝承って面白いよね」
「そうだな。心優しく民を導くと言われているモンドの神だが、俺が知る『風神』はふらふらといい加減な呑兵衛だからな」
「あはは。お互い人々の信仰心に感謝しないとね?」
「同感だ」
 くすくすと笑い合えば、互いの吐息がかかる。気が付けば瞳を閉ざし、どちらともなく唇を重ねていた。
 触れるだけの口づけは甘く、心を震わせる。鍾離は啄むように何度も何度もウェンティの唇を食み、それを受け取るウェンティは笑みを浮かべながら焦らすように時折彼の唇から逃げるそぶりを見せた。
「くすぐったいよ」
「我慢しろ。今はこれ以上しないから」
「当たり前でしょ? いくらボクが自由を愛していても、外で愛し合う趣味なんてないからね?」
 鍾離の唇は頬に移り、耳朶を食んでくる。
 つい甘い声が漏れそうになったが、熱を帯びた口づけはすぐにその形を潜め、代わりにこそばゆさを生んだ。
「誰が聞いているかもわからない場所でお前を抱くわけがないだろう」
「それって独占欲?」
「そうだ。……俺を『幸せ』にしてくれるんだろう?」
「もちろん『幸せ』にしてあげるよ? でも、できればボクのことも『幸せ』にして欲しいなぁ」
 くすぐったいキスを止めるように唇に手を添えてくるウェンティ。だが、止めたはずの唇に自分からキスをするのだから意味がない。
 ちゅっちゅっと幾度となく触れるだけのキスを交わして笑い合う二人。鍾離は「お前が望むままに」と微笑みを浮かべ、ウェンティは「なら、今日はモラクスの奢りね?」なんて軽口を返しながら恋人の頬を両手で包み込んでチュッと音が聞こえるよう口づけた。
「呑兵衛詩人め」
「今はそこも好きなくせに」
「そうだな。欠点すらも愛おしく思う日が来るとは思わなかった」
 口づけの合間に交わされる軽口。木陰で戯れる二人は離れ難いと言わんばかり。
 穏やかな昼下がり、人目を避けつつ愛を育む二人の姿は暫くそこにあったとか。






[終]





2023-08-03 公開



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