TREMOLO [ANNEX]

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岩神が嫉妬する話



「否定の仕様がないな。本当に、俺もそう思う」
「ちょっと。勝手に解釈して話終わらせないでよ。ボクはボクの気持ちを勝手に決めつけてる事に怒ってるんだけど!」
 ストップ! と自嘲を零す鍾離の頬を抓り自己完結をするなと睨むウェンティ。
 愛故の嫉妬は嬉しいが、想いを決めつけられるのは全然嬉しくない。
 感じた憤りを口にしながら鍾離の瞳を真っ直ぐ見据えるウェンティは、自分が何時『彼』を好きだと言ったのかと問いただした。
 『彼』は自分の考えの指針となった人であることは間違いない。『彼』が命を落とした時悲しんだことも、事実だ。だが、先も言った通り、風神バルバトスとなった際にこの姿を象ったのは『彼』を忘れない為ではない。いや、少しはその意もあるが、『彼』と出会い芽生えた自我を忘れたくないという気持ちが大半だ。
 強大な力は、心を壊す。その力に酔いしれ、他者を虐げ、力を失うことを恐れて力そのものに執着する。かつてモンドの民を苦しめた魔神デカラビアンのように。
 ウェンティは神の力を得た自分がいつか変わってしまうことを恐れた。いつか自分達が討ち取った魔神と同じ存在になってしまうことが、何よりも……。
 自分という『意思』を与えてくれた『彼』が最も憎んだ存在に堕ちるなど、笑い話にもなりはしない。ウェンティにとって『彼』を模したこの姿は、戒めだ。色恋など微塵もなかった。
「ボク、言ったよね? 『人』として生きて随分経つけど誰かを好きになる気持ちはモラクスのおかげで漸く知れた。って」
「ああ、言われた」
「覚えていてくれてよかった。モラクスはその言葉は嘘だって言いたいの?」
「違う。そうじゃない。……ただ、お前が色恋沙汰を知る前に相手が命を落としただけだとは、思って、いる……」
 珍しく尻すぼみになる声。紡がれる言葉にウェンティの表情が険しくなっていったからだ。
 最後まで言い終えた後、申し訳程度に謝罪の言葉を付け足したが、それが最後の一押しとなってしまった。
「呆れた! 本当、呆れた!! ボクのこと全然信じてないね!?」
「信じていないわけでは―――」
「ボクが『信頼されてない』って感じるから『信じてない』ってこと!」
 つい先ほどまでは嫉妬されて嬉しかったはずなのに、今は打って変わって最悪の気分だ。
 頬を膨らませるウェンティはたとえ『彼』がその天命をまっとうするまで生きていたとしても『彼』をそういう意味で好きになることは絶対に無かったと言い切った。
 そもそも過去のたられば話をしても無意味だと分かっているのだが、それでも言いたい。傍に居たいと思ったのは今目の前にいる男に対してだけだという揺るぎない真実を。
「『彼』には幸せになって欲しかった。自由になって、この空がどれほど青く美しいか、見せてあげたかった」
「バルバトス……」
「でも、それだけ。『彼』には幸せに欲しかったけど、ボクが『彼』を幸せにしたいわけじゃなかった」
 叶うことは無かったが、自由を勝ち取れたあかつきには己の幸せのために命を育み、時折風に乗せてそれを伝えてくれれば良いと思っていた。
 ウェンティが『彼』に対して抱くのは親愛であり、それ以上でもそれ以下でもない。
 強い口調で『彼』への想いを伝えるウェンティに鍾離は気圧され、口を噤んでいる。想いを疑ったことを申し訳ないと少しは思っているのだろうか。確かに見て取れる『反省』に、ウェンティは大きく嘆息すると、表情を笑みに変え今一度鍾離に抱き着いた。
「ボクが幸せにしたいと思ったのは、モラクスだけだよ」
 これまで他者に対して抱くのは『幸あれ』という、その者の幸福を願う感情ばかりだった。だが初めて『幸せにしたい』と思える相手に出会った。勿論、その相手とは鍾離をおいて他にない。



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2023-08-02 公開



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