『俺の番になって欲しい』
モラクスからその申し出を受けたのは、今から二週間ほど前、ボクの誕生日でのことだった。
愛すべき君へ
その日、珍しくモンドを尋ねて来たと思ったら、誕生日を祝わせろと半ば強引に彼の洞天に連れて行かれた。
好きな相手に誕生日を祝ってもらうことは素直に嬉しかったけど、言い方と強引過ぎる態度には思わず苦笑いが零れたものだ。まぁ、それでもやっぱり嬉しいの方が強かったから直ぐにご機嫌になったけど。
モラクスの洞天にはボクの好きなモノが揃えられていて、たくさんのお酒と美味しそうな林檎にボクの目は子供みたいにキラキラしていたに違いない。
サプライズは嫌いじゃない。むしろ大好きだ。だからボクは上機嫌に祝われた。
大好きなものに囲まれた祝いの席。それは誇張無しに今までで一番と言っても過言じゃないほど楽しくて幸せで、まさに最高の誕生日だった。
昔馴染みとの酒の席の雰囲気は勿論、恋人としての甘い雰囲気にうっとりするなという方が無理だろう。
そして甘い雰囲気が最高潮になって、きっとこのままエッチするんだろうなって期待していたら、先の言葉を言われたわけだ。
昔は魔神バルバトスと呼ばれていたけど、ボクは元々風の元素精霊だったから、色恋に関しては残念ながら疎い方だ。
それこそ、友達に対する『好き』とモラクスに対する『好き』の違いに気付くまでにかなりの時間が掛かったぐらいに。
でもモラクスと恋人になって漸くそれらの感情にも人並な理解を持てたと思っていたはずなのに、彼が望む『番』というものの意味はピンと来ていなかった。
いや、正直に言おう。全然分かっていなかった。
モラクスからの申し出を受けた時のボクが知る『番』とは、単純に『繁殖相手』という意味でしかなかった。
でも残念ながらボクは男だし、モラクスもそうだ。いや、肉体的な雌雄を変えることは簡単だから、絶対に繁殖できないってわけでもないから、どちらかが雌になれば『番』になることは可能だ。
そこまで考えたボクは、自分達の力関係を考慮しておそらくモラクスはボクに『雌』になれと言っているのだろうという理解に至った。
モラクスの事は好きだ。本当、大好きだ。
でも、そんな相手からの要望でも唯一聞き入れることができないことがある。それは、ボクを―――あの子を象るこの器を変えることだ。
あの子がいたから、ボクはボクとして生まれることができた。言うなれば、彼はボクの父であり母だ。
ボクがボクで在るために、この姿を変えることはできない。絶対に。
それはモラクスも分かっているだろうに、何故『雌』になることを求めてくるのだろう。
彼の真意が理解できなかったボクは、甘い雰囲気をぶち壊すと分かっていて「いやだ」と彼の申し出を拒絶した。
ボクの答えにモラクスは困惑していて、申し出を受けると思っていたのだろうことに腹が立った。ボクのことを理解してくれていると思っていたのに! と。
だからボクは今からいちゃいちゃするつもりだったろう雰囲気なんて知らないとばかりに彼の洞天から逃げるように出て行ったのだった。
それが、だいたい二週間前の事。
最高の誕生日が最低の誕生日になったボクは、怒りと悲しみを一人で抱えることができずに風魔廃墟を訪れ、延々とトワリンに愚痴を聞いてもらっていた。
ボクの信念を知っているくせに雌になれとかありえない。と彼の短慮さを詰ると同時に、もし繁殖することが付き合っている目的なら別れなくちゃならないの? と大好きな存在の傍にもう居られない事への絶望に荒れに荒れた。
その荒れ様は酷いもので、無意識に力が漏れ出し暴風を吹かせてしまう程だった。
トワリンのおかげでモンド全土がその被害を被ることは無かったけど、風魔廃墟は轟々と暴風の唸り声が響き、荒廃した建物がミシミシと悲鳴を上げていた。
乱心するボクに何を言っても無駄だと悟ったのか、黙って愚痴を聞いてくれていたトワリン。
でもそれは最初だけで、今は流石にもう聞き飽きたとばかりに「岩の魔神と話し合うべきだ」と追い返そうとするから酷い話だ。