雲一つない青天が広がるあたたかな昼下がり、モンドでは心弾むメロディが奏でられていた。
久しぶりに訪れた隣国からはそこら中から笑い声が聞こえ酒を呑みかわす人々の姿も多く目に入る。以前よりもずっと明るい街の雰囲気を横目に酒場に向けて浮足立っている少年の名を呼べば、満面の笑みが帰って来た。
「ウェンティ」
「鍾離先生、何?」
「故郷で酒が吞めることがそんなに嬉しいか?」
「それもあるけど、鍾離先生から名前を呼ばれるのは久しぶりでなんだか照れちゃった」
国境を越える前に約束を交わしてはいたが、馴染みが無さ過ぎて照れてしまう。そう言いながら頬を赤らめるウェンティは鍾離の腕に腕を絡めぴったりと寄り添ってきた。その可愛らしい仕草に鍾離は目じりを下げてよしよしと美しい髪を撫でてやる。頭を撫でられ更に機嫌がよくなったのだろう。ウェンティは「早く行こう!」と鍾離を急かした。
二人が向かうのはモンド一の酒場として名高いエンジェルズシェア。
逸る気持ちが抑えきれないと言わんばかりのウェンティに手を引かれ歩く鍾離は、前を見て歩けと苦笑いを浮かべる。風を操り自由気ままに空を支配した風神が躓いてこけるなんて『足で歩くのは不慣れなのか』と笑われてしまうだろうから。
注意の意図を正しくくみ取ったのだろう。ウェンティは頬を膨らませて機嫌を損ねたアピールをしてくる。
「あのね、此処は勝手知ったるボクの庭同然なの。目を瞑っていたって平気なんだか―――、わっ!!」
意地悪を言う人にはお酒を奢ってあげないから!
そう悪態を吐こうとしたウェンティだが、言い終らぬうちにちゃっかり『フラグ回収』なる物をしてしまった。
僅かな段差に鍾離が心配した通り蹴躓いてしまって、無様に倒れそうになったウェンティ。だが、その体躯を支えるのは手を引かれていた鍾離その人で、自身の方へと強い力で引き寄せると難なく少年の体躯をその腕の中に納めて見せた。
「それで、ここはお前の何だったかな? 吟遊詩人殿」
「う、煩いなぁ! 今のは違うし!」
あれだよ、あれ!
そう言いながらも言い訳の言葉が見つからないのかウェンティは口籠り、反対に鍾離は声を上げて笑いだした。
はしゃぐ姿は愛らしいが、こうやって悶々としているところも甲乙つけがたい。これは自分だけが見ることのできる姿だから、だ。
「もう! じいさんの意地悪!」
「お前が愛らしいのが悪い。これに懲りたら浮かれる気持ちを少しは落ち着けてくれ」
「はいはい、分かりました!」
上機嫌なのはそっちもじゃないかと思いながらウェンティは唇を尖らせ不満顔をして見せる。すると視線に気づいた鍾離は意地悪く笑った。笑って、そのままあっという間に唇を奪ってきた。
触れた唇はすぐに離れたものの、口づけは口づけ。ウェンティは「街中!」と赤い顔で端正な顔立ちの男を押し退け、一人先を歩いて行った。
「そう怒るな」
「怒ってない!」
「あからさまな嘘を吐いて何になる? 久しぶりの帰郷を不機嫌に始めることもないだろう?」
そう思うのなら笑うのを止めてもらいたい。
ウェンティは立ち止まり踵を返して振り返る。鍾離は先程と同じ場所に佇んだままだった。
「……何してるの」
「許しが出るのを待っている」
鍾離を見る目は実に恨めしそうだったが、それを受け取ったはずの男は微笑みを絶やさず、あまつさえその場から動くこともせず両手を広げて見せた。