TREMOLO [ANNEX]

ゆらゆらぎが運営する同人系個人サイト

婚姻の儀



 自分がどう動くか、見透かしているのだろう。余裕の表情が実に腹立たしい。
 ウェンティは仏頂面のまま来た道を戻ると手を広げている男の前で立ち止まった。
(どうせボクが喜んで抱きつくと思ってるんでしょ、じいさんは)
 むすっとした表情のまま鍾離を見上げれば、どうした? と小首を傾げて見せる恋人。その背後に見える懐かしい街並みと青い空が男の端正な顔立ちと合わさって一枚の絵画のようだ。今も両手を広げ『許し』を待つ男は、彼に抱きしめられると安心する少年の心を熟知しているから勝ち目がない。
 ウェンティは視線から逃れるように俯く。そして、そのままおずおずと彼の腰に手を回し、抱きついた。返されるのは、優しい抱擁。体格差のせいかすっぽりと腕の中に納まった身体にほうっと感嘆を漏らすウェンティ。頭上から聞こえるのは、ちゅっと髪に口づけが落とされた際のリップ音。
 厚い胸板に頬を摺り寄せ目を閉じれば、トクトクと命を刻むメロディーが聞こえてくる。当たり前のことだが、今この瞬間二人で生きていられることを実感した。
「はしゃぐお前を見るのは微笑ましいが、お前が故郷に帰りたいと願わないか心配になる」
「帰りたい時はこうやってじいさんも連れてきてあげるから平気でしょ」
 懇願するような言葉を甘い声で囁いてくる鍾離。顔を上げれば愛し気に目を細めて笑う彼と目が合った。
(本当、ズルいや)
 愛されていると、その一つ一つの仕草から伝わってくる。ウェンティは再び鍾離の胸に顔を埋め、「ボクの帰る場所は此処だから」と小さな声を零した。
「『此処』とは、モンドの城下のことか?」
「! 怒るよ?!」
「冗談だ。俺の帰る場所も、璃月ではなくお前の隣だ」
 先程よりも甘い声。抱き締める腕には力が籠り、できることならこのまま口づけの一つでも交わしたいところだ。
 だが、ウェンティの耳に入る声はここが何処かを思い出させた。
「アルベドお兄ちゃん、見えないよぉ!!」
「クレーにはまだ早いよ」
 空間に響くのは可愛らしい少女の声と感情が読みづらい少年の声。
 我に返ったウェンティが声のする方へと視線を向ければいつもは雪山で研究に明け暮れているだろう西風騎士団の主席錬金術師アルベドと彼の義妹であり同じく西風騎士団の火花騎士ことクレーの姿があった。ご丁寧にクレーの目はアルベドによって隠されており、幼い妹には他人のラブシーンはまだ早いということだろう。
「なんで見ちゃダメなの? 『仲良し』してるだけでしょ?」
「今はそうでも『もっと仲良し』するかもしれないから念のためだよ」
「? クレー、分かんないよぉ?」
 理解できないと不満声を上げる少女にアルベドは「今度ガイアお兄ちゃんに聞くと良いよ」と笑顔で此処に居ない西風騎士団の騎兵隊長である同僚にとんだ爆弾を仕込んでいる。
「あ、アルベド、久しぶりだね……?」
「ああ、久しぶり。ウェンティ。……妹の視界をそろそろ戻してやりたいんだが、いいかな?」
「! あ、ああ! ゴメン。いいよ、大丈夫! モラ―――鍾離先生、放してっ!」
 これはきっと怒ってるだろうな……。そう思いながらも声をかければ、飛び切りの笑顔が返ってきた。やはり怒っているようだ。慌てて『忠告』通り鍾離の腕から抜け出すウェンティ。恋人からは何やら不満げな風を感じたが、気付かなかったことにさせてもらおう。
「吟遊詩人のお兄ちゃん、こんにちは!」
「こんにちは、クレー。元気にしてた?」
「すっごく元気にしてたよ! 吟遊詩人のお兄ちゃんは? 今日はお友達と一緒なの?」
 視線を合わせるように膝を付いて笑いかければ、元気いっぱいな声と笑顔が返ってきた。
 無邪気なその姿にウェンティは笑い、背後に立つ恋人を『お友達』と肯定するのはダメだろうなと振り返った。
 不機嫌、ではないが、自分が少女にどのように答えるか待っているのだろう。異様な威圧を感じる。



 | 


2023-08-08 公開



Page Top