TREMOLO [ANNEX]

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婚姻の儀



「えぇっとぉ……」
「迂闊な答えは己の首を絞めかねない」
「え?」
 返答に困っていたウェンティの耳に届くのはアルベドの声。驚き顔を彼に向ければこれまた満面の笑みが向けられた。
(うっ……、まぁ、普通はバレバレだよね……)
 普通に考えれば真昼間に街中で抱き合っている二人を見て『友人』とは思わない。ただ目の前にいる少女は色恋を理解するには幼過ぎるだけだ。
 しかし、幼いからと言って適当な言葉ではぐらかせば、後ろの男の機嫌を損ねてしまうだけだろう。アルベドの笑顔がそれを如実に物語っている。
「吟遊詩人のお兄ちゃん??」
「ああ、ごめんね。彼は、……彼はボクの大切な人だよ」
「『大切な人』??」
 きょとんとしている可愛い少女の髪を撫でてやれば、よく分かっていない表情が向けられた。色恋を知らない幼子に『大切な人』と言ったところで、それがどんな存在なのか理解してもらおうと言う方が無茶なのかもしれない。
 ウェンティは「えーっと……」と説明する為に言葉を探すが、どうにも上手い説明ができそうにない。詩人が言葉に詰まるなど本来あってはならないことだ。それでも無垢な少女に理解できる言葉はどうしても出てこず、困り果ててしまう。
「その人が傍に居なければ苦しくて悲しくて堪らなくなるんだよ」
「えぇ!? 大変!! 吟遊詩人のお兄ちゃん早く『大切な人』のところに戻って!!」
 ウェンティが困り果てている様子に満足したのか、助け舟を出してくれたのはアルベドだった。
 義兄の言葉に大慌てのクレーは鍾離の方へとウェンティを押してきた。しゃがんでいたウェンティは危うくバランスを崩して倒れそうになったが、いつの間に傍まで来ていたのか恋人によってその背を支えられ無様な姿を晒すことは免れた。
「吟遊詩人のお兄ちゃんの『大切な人』、早くお兄ちゃんをぎゅーってしてあげて!!」
「え、ちょ、クレー何言って―――」
「幼子に乞われては人目を気にしている場合ではないな」
 早く早く!! と若干涙目で鍾離を急かす姿は、まるで離れれば死んでしまうと勘違いしているようだった。
 そうじゃないと訂正しようとしたウェンティだが、鍾離の手に引かれ強引に立たされるとそのまま先と同じく抱きしめられてしまった。いや、先程よりもずっと強い力で、だ。
「吟遊詩人のお兄ちゃん、大丈夫? 悲しくない? 苦しくない??」
「あ……、うん、大丈夫だよ……、ありがとう、クレー……」
「! よかったぁ!!」
 ホッと胸を撫でおろす姿に、勘違いを訂正するのも憚られる。
 ウェンティはもういいや……と諦めの境地に達して自分を抱きしめる恋人を見上げた。
「悪ノリが過ぎるよ」
「あながち間違いではないことをわざわざ訂正しろというのか?」
「もう! 間違いだらけでしょ!」
 確かに鍾離に逢えないと恋しさが募る。それは事実だ。だが、手を伸ばせば触れることのできる距離となれば話は全く違ってくる。
 抱き合っていなければ悲しくて苦しくて堪らない相手が『大切な人』だと記憶されたら大問題だ。クレーが大きくなって誰かを好きになることがあった際の判断基準に影響を及ぼしかねないから。
 クレーのためにも訂正するべきだったと鍾離を睨むウェンティ。すると鍾離は顔を上げ、「そこは兄君が良しなに計らってくれるだろう?」と口角を上げた。
「お任せください、鍾離先生。ご旅行を楽しむあなた方の手は煩わせませんよ」
「! ありがとう、アルベド殿。……クレー嬢、心配をありがとう」
「『嬢』? アルベドお兄ちゃん、クレー『嬢』って、何?」
「クレー『ちゃん』ってことだよ」
「そうなんだ! どういたしまして、えっと、『しょーりせんせー』?」



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2023-08-08 公開



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