たどたどしい口調に鍾離は優しい笑みを浮かべる。抱き締めていたウェンティの身体を軽々と抱き上げると、数歩足を進めてその大きな手で少女の頭を撫でてやれば彼女は嬉しそうな恥ずかしそうな顔で笑ってみせた。
アルベドはそんな義妹の手を取ると「お邪魔しました」と鍾離とウェンティに頭を下げる。義兄に倣って同じ仕草を見せる少女は顔を上げると「またね、吟遊詩人のお兄ちゃん、しょーりせんせー」と手を振った。
二人に笑みを返す鍾離は、そのまま踵を返し目的地へと歩き出す。腕の中で大人しくしていたウェンティは上機嫌な恋人に呆れながらもその首に腕を回した。
「彼が以前お前が懸念していた者だな」
「そう、彼。……今はもう何の心配もないから暴走しないでよ?」
クレー達の姿はもう見えない。それなのに何故降ろされないのだろうかと疑問に思っていたウェンティに応えるように投げかけられた言葉は、アルベドに関するものだった。抱き上げられたままなのは他者に聞こえない様にとの配慮だと理解したウェンティは同じく他に聞こえないよう気をつけながらも言葉を返す。
彼の出自を知る者は殆ど居ない。鍾離ですらウェンティに相談を持ち掛けられるまで知らなかった存在だ。アルベドがカーンルイアの遺物だと知った時、鍾離は大層驚き、そしてその力に懸念を持っていたウェンティに脅威は排除するべきだと助言なるものもしていた。
しかし、彼があのように健在なところから結局ウェンティは民を傷つけることを良しとせず、『人』の力を信じて見守ることにしたのだろう。その決断が正しかったとは決して言えないが、間違っているともまた言えなかった。
愛する民が道を違えなくて良かったと懐古しているのだろうか。ウェンティは鍾離に強硬手段をとる真似はしないで欲しいと訴えてきた。
先程対面して心配が不要なことは良く分かっている。だが、恋人に疑われるのは心外だ。鍾離は苦笑いを浮かべ、もう少し自分の恋人を信頼しろと訴えた。
「人聞きの悪いことを。俺がいつそんな野蛮な真似をした?」
「ガイア・アルベリヒ」
「! その名を出されると言い訳の仕様がないな……」
からかいを含めた非難の声に返されたのは、恨めし気な眼差しとある人物の名。その名に思い当たる節しかない鍾離は苦笑いを濃くし、素直に暴走しないとウェンティに誓いを立てた。
ガイアはアルベドと同じくカーンルイアの遺物。そして彼は人口生命体であるアルベドとは異なり、由緒正しき血筋を持つ歴としたカーンルイアの末裔だ。
鍾離は昔此処モンドでガイアに出会い、その出自を直ぐに察してテイワットから脅威を排除しようとした過去を持つ。
あの時、ウェンティと彼の同僚である西風騎士団の面々、そして彼の義兄によりなんとか最悪の事態は回避できたわけだが、後日勝手なことをするなとウェンティに大層怒られた。当時は何故彼がカーンルイアの末裔を庇うのか理解できなかったが、今はきちんと理解できる。
誰の命も失われず済んだのは、命を賭して愛する者を護ろうとした者達のおかげだ。
鍾離は尚も自分を睨むように見つめているウェンティの視線に立ち止まるとその目を見つめ返し、困ったように笑った。
「アルベド殿もガイア殿も、モンドの民。そうだろう? バルバトス」
「そうだよ。この大地で命を育む者は、みんなモンドの民だ。出自なんて、関係ない」
「お前は本当に良い神だったんだな」
「! らしくないこと言わないでよ。逆に怖いんだけど?」
声を潜め「モラクスらしくないよ」と心配そうな表情を浮かべるウェンティ。頑固じじいはどこ行っちゃったの? と。
「お望みとあらばそう振舞うが、どうする? ウェンティ」
「遠慮しておきます、鍾離先生。ボク、怒られるの好きじゃないからちゃんと甘やかしてよね」
「ならそのように」
他者の気配に『人』に戻る二人。だが、鍾離はウェンティを抱き上げたまま降ろす素振りはなく、またウェンティも彼にそれを望むことは無かった。