早くとせっつかれるがまま目的の酒場へと到着すれば、昼間にも関わらず多くの人々が酒を呑みかわしていた。見える範囲のテラス席はほぼほぼ満席。これは店内も多くの人でごった返している事だろう。
良い感じに出来上がっている民を横目に、ウェンティは二人分の席が空いてるか心配になる。
一人分の席が二つならばおそらく空いているだろうが、それでは意味がない。何が悲しくて恋人と旅先で別席で酒を呑まなければならないのか、ということだ。
「二人分、空いてるかなぁ?」
「空いてなければ時間を改めればいい」
「えぇ? ヤダよ!? もうお酒を呑む口になってるんだから!」
だからどうか空いてますように! そう祈る想いで酒場のドアを開ければ、案の定そこもまた多くの人で賑わっていた。
空間を支配するのは音楽と笑い声。そして言い争いの声も時折交じり、ウェンティは懐かしい感情を覚えて思わず笑みを零してしまう。
愛すべきモンドの人々は今日も自由を謳歌している。自身はこの地を統治する存在を降りて久しいが、それでも大切な場所であることは変わりない。ウェンティは人々の声に笑みを深くし、「大盛況だね」と隣に立つ恋人を見上げた。
「ああ。活気に満ち溢れた良い大地だ」
「だよね」
微笑みを返してくれる鍾離にウェンティの目尻は下がり同じ表情を返す。鍾離の眼にはその笑みがとても美しく映り、つい此処が何処かを忘れて「バルバトス」と恋人の真名を呟いてしまった。幸いにも酒場の喧騒にその声は飲み込まれて他者に聞かれることはなかったが、当人にはしっかり聞こえてしまっていたようだ。「鍾離先生っ」と可愛い顔で睨まれてしまったから。
「すまない。お前があまりにも愛らしく笑うから思考が停止してしまった」
「調子のいい事言って誤魔化さないでよ!」
「? 真実を口にしたまでだが?」
不思議そうな表情を見せる鍾離は自身の『本心』を『調子のいい事』と誤解した理由が分からないと言いたげだ。
ウェンティの顔は赤く染まり、「止めてよ」と視線から逃れるように顔が逸らされる。ボクはお酒を呑みに来たんだから……と何やらブツブツ呟いているのは自分に言い聞かせているのだろうか?
「ウェンティ、どうかしたのか?」
「! どうもしてないっ! ほら、席探そう!?」
顔を覗き込んでくる鍾離を押し退け、歩き出すウェンティの顔は熟れたリンゴのように真っ赤だった。
首筋まで染まった恋人の様子を不可思議に思いながらも後に続いて歩いてゆけば、バーテンダーが酒をふるまうカウンターがちょうど二席空くところだった。
これは運が良いと思う二人。ウェンティは先の気恥ずかしさを誤魔化すように足早に空いた席を確保するようカウンターに滑り込む。すると、前の客が呑んでいただろうグラスを片していた男から「もう少しお待ちください」と声がかかった。
それは聞き馴染みのある声で、声の主を頭に思い描きながら顔を上げれば、記憶よりもずっと精悍な面持ちをした男性がそこに立っていた。
「ディルック!」
印象的な赤髪を束ねた姿は変わらない。変わらないのだが、年を重ねたせいか男の色気は倍増しているように思える。子の成長を目の当たりにした親戚の感情とはこういったものだろうかと思いながらウェンティは嬉々とした声で「久しぶりだね!」と笑顔を見せた。
テーブルに残っていたグラスを下げてダスターで汚れを拭き取る男―――ディルックはその声と笑顔に表情を崩し、「お変わりないようで」と伏目がちに笑った。
(わぁ! あのディルックの態度が柔らかい! 凄い!)
昔のつんけんとした態度とあまりにも違い過ぎる対応にウェンティは目を見開き、だがその『変化』を喜ばしく思い満面の笑みを返した。
「風の噂で璃月に移られたと聞いていたのですが、本日はご旅行でモンドに?」
「うん、そうだよ。久しぶりに戻って来たけど、全然変わって無いね」
「全く変わっていないということはないでしょう? 貴方がモンドを離れてから随分立ちましたから」
綺麗に磨き上げたテーブルに置かれるのは2枚のコースター。それに描かれた花の絵を眺めながら、確かに『変化』はあったようだとウェンティはコースターに手を伸ばして笑った。