TREMOLO [ANNEX]

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婚姻の儀



 手にしたコースターで遊んでいれば、隣に座った恋人に「仕事の邪魔をするな」と取り上げられてしまった。声色に少しの怒気を感じ、ウェンティはにんまりと笑って「はーい」と大人しく聞き分けてカウンターに肘をつく。
「お気遣いありがとうございます。鍾離先生」
「礼には及ばない、ラグヴィンド殿。……これと共にお邪魔してもいいかな?」
 軽く首を垂れるディルックにわざわざ尋ねるのは、過去『暴走』して彼の大切な人を傷つけてしまった自分と顔を突き合わせることを彼が不快に思わないか気に掛けてのこと。
 しかしディルックはそんな鍾離に笑みを浮かべ「勿論です」と頷いた。その笑みを見た鍾離は安堵したように笑い、感謝を伝える。
「ご注文はお決まりですか?」
「モンドの酒はどれも美酒と聞いてる。その中でもマスターのおすすめがあればそれをいただこう」
「ボクは―――」
「コレにはアップルサイダーを」
「! ちょっと! 勝手に注文しないでよ!」
「かしこまりました。少々お待ちください」
「あああ! ちょっとディルック! 待って! 待って待って!! ねぇ待ってってば!!」
 嬉々として酒を注文しようとしたウェンティだが、鍾離に妨害されて何故かノンアルコールのジュースを呑む羽目に。
 少年が無類の酒好きだと知っているはずなのに、ディルックはウェンティの声がまるで聞こえないかと言わんばかりに注文の品を準備するため奥へと引っ込んでしまった。
「鍾離先生の意地悪!!」
「俺が管理しなければ際限なく呑むの誰だ。出先でまでお前を担いで宿に帰るのは御免だぞ」
「流石に旅行中にそんな羽目の外し方しないよ!?」
「信憑性に欠ける言葉だな」
 ちゃんと節度を持ってお酒を楽しむつもりだと訴えるも、鼻で笑われてしまう。
 全然信頼してくれない恋人に不満を覚えるものの、数えきれないほどの前科があることはウェンティ自身も承知しているから頬を膨らませるだけで留めるのだ。
「むくれるな。二杯目は酒を頼んでやるから」
 ぷくっと膨れたままのウェンティの頬を摘まむのはもちろん鍾離。息を抜く様に押してくる手に抗うことなく息を吐けば、頬に触れていた手が唇をなぞった。
 その指に戯れではない男の欲を感じたウェンティはそれを消すためにカプッと指先に噛みついた。こんな公衆の面前キスしようとしないでよ? と牽制の意味を込めて。牽制するための行動が逆効果だと思わないところは恋愛初心者の彼らしいところだ。
 案の定、鍾離からは熱の籠った眼差しを注がれ、人々の笑い声が一瞬ウェンティの耳から消えてしまった。
「―――っ、ちょっと!」
「煽ったのはお前だろう?」
「煽ってませんけど!?」
 人に見せつける趣味はないと何度言えば分かってくれるのかと憤慨しているウェンティ。鍾離はその声に笑みを浮かべて耳を傾け、キャンキャンと噛みついてくる可愛い恋人の頭をポンポンと叩いて宥めるのだった。
 鍾離の楽し気な横顔に、怒っていたウェンティは言っても無駄だと諦めたのか溜め息を吐いてカウンターに突っ伏した。鍾離の手は尚も髪を撫でていて、その手が気持ち良くて嬉しいと感じてしまう自分に腹が立った。
「狡い」
「何が?」
「こうやって意地悪ばっかりするのに、全然嫌いになれない。ボクばっかり好きな気がして腹が立つ!」
 むしろ好きが溢れる一方だから余計に腹立たしい。
 そんな不満を漏らすウェンティに鍾離が見せるのは驚いたような表情だった。



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2023-08-10 公開



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