「……もう酔っているのか?」
「一滴も飲んでませんけど!?」
正気を疑う言葉をかけられテーブルを叩き顔を上げるウェンティ。流石に意地が悪すぎると怒りを滲ませ恋人を睨めば、その恋人は驚きの表情のまま固まっていた。惚れた弱みで自分は怒らないと思っていたのだろうか?
ウェンティは再び頬を膨らませ、「いくら大好きな相手でも怒る時は怒るからね!?」と、馬鹿にするなと怒り心頭のままそっぽを向いた。
だが、そっぽを向いたと同時に伸びてきた手に頬を掴まれ、そのまま強引に逆方向に捻られた。抗えば筋を痛めると咄嗟に判断したウェンティは恋人の強引な振る舞いにされるがままとなる。
無理矢理突き合わされた顔は近い。いや、近すぎる。
「ちょ、ちょっともらく―――んんっ」
近いよ!? と胸を押し戻そうとしたのだが、伸ばした腕は肘を折り、気が付けば恋人の上着をぎゅっと握りしめている自分の手。明らかに自分の物とは違う舌が口内を這いずり回り、上顎を舐められれば強い快楽に腰が砕けそうになる。
あっという間に蕩けそうになる思考の中で何とか理性をかき集め、何が起こっているのかとウェンティは必死に考えた。今鍾離から濃厚な口づけが齎されていることは分かる。だが、その理由は? こんな熱烈なキスを受け取る様な流れだっただろうか?
(だ、ダメ……、気持ちよすぎて、考え、纏まらない……)
抗っていたはずなのに、何故応えているのだろう? 何故、彼の首に腕を回してしまっているのだろう?
ここは二人きりの空間ではない。多くの人が楽しいひと時を過ごす酒場だ。それなのに、何故音が遠くに聞こえてしまうのだろうか……?
(まぁ、いいかぁ……。だって、大好きなんだし……)
思考が恋人への想いで埋め尽くされ、傍に居たい心のままに彼の大腿に跨り唇を貪るウェンティ。その光景は酒場で見るには少々刺激が強すぎるものだった。
「おいおい、見せつけてくれるねぇお兄さん達!」
「いいぞいいぞ! もっとやれぇ!」
ちゅっちゅっとキスを交わしている二人の耳に届くのは、男たちが囃し立てる声。
キスを中断して顔を上げた鍾離はウェンティを己の胸に抱きしめ隠すと、「申し訳ない」と苦笑交じりに男たちに謝罪を告げる。盛り上がっている酒場に相応しくない振る舞いだったと反省を示せば、男達は大きな笑い声を響かせ、鍾離の肩をバンバンと叩いた。
「何言ってんだ! いいもん見せてもらった!」
「俺も嫁さんが恋しくなったぞチクショウめ!」
ここはモンド。自由を愛する風の国。心のままに振舞うことは決して悪い事ではない。
それが教えだと酒を呑みながら語る男達は絡んでいる男の腕に抱かれた存在が敬愛する風神様だとはもちろん知らない。知らないが、風神バルバトスを称え、鍾離とウェンティの幸せを祈って杯を交わした。
「嫁さんが恋しいのに呑んでていいのか?」
「お! 我らが西風騎士団の騎兵隊長様じゃないか!」
「おいコラ、違うぞ! カウンターにいる時のガイアさんは隊長じゃなくて『サブオーナー』なんだからな!」
「ああそうだ! ガイア・アルベリヒじゃなくて、ガイア・ラグヴィンドだった!」
鍾離達を祝う名目で再び酒を煽っていた男達に「呑み過ぎだぞ」と注意を促すバーテンダーは、先程までは其処に居なかったはず。目の前に立つ男の姿に鍾離は一瞬目を見張る。彼――ガイアを纏う雰囲気が以前とは比べ物にならないほど穏やかで、驚いたのだ。
「ははは。そうそう。今後ともどうぞ御贔屓に」
「任せろ任せろ! エンジェルズシェアを盛り上げるためにもっと呑むぞ!」
「おおー!」
「いや、だから流石に呑みすぎだって言って―――、って、聞いちゃいないな」
酒が俺達を呼んでいる! と肩を組んでカウンターを離れる男達を見送るガイアは「あの分じゃまた家に帰る前に何処かで寝ちまうな」と空笑いを浮かべていた。