「手間を、かけさせてしまって申し訳ない、ガイア殿」
再会の可能性があることは一応理解していた。ウェンティから彼も酒が好きだと聞いていたからだ。だが想定していたパターンにない登場の仕方に若干の戸惑いを隠せない。
鍾離は以前の危うさの消えた男に言葉を選び謝罪する。謝罪を受けたガイアは伏目がちに笑い「これも仕事の内なんで」と先の男達がカウンターに残した水滴を綺麗に拭き取った。
自身が彼を手に掛けようとしたことは、元七神として間違った判断ではなかったと今でも思う。だが、命を軽んじる『神』がどれほど傲慢な存在であるかも知っている。
神としての判断と神としての在り方という正反対の『答え』に鍾離は当時、彼を傷つけたことを詫びることができなかった。
幾年もの時が流れ、できることなら当時の愚行を彼に詫びたいと思う鍾離。しかし、今更蒸し返す話題でもない。自分の目の前にいる男性は、とても満ち足りた表情をしていたから。
(お前は此処まで想定していたのか? バルバトス)
先を見通す力は自分にも備わっているが、それ以上の力が恋人にはあるのかもしれない。
普段はおちゃらけて掴みどころのない酒好きの詩人を演じているくせに、その裏では誰よりも状況を冷静に判断し、最善を尽くそうと努力している。そしてそれを他者に悟られないよう全てを抱え込んでしまうのは、彼の優しさ。
鍾離は改めて想う。他人のためにばかり必死になって自分のことを後回しにしてしまう不器用な少年にとって安心して頼れるような存在になりたい。と。
「……よろしいんですか?」
「! 何がだ?」
「いえ、お連れ様がそろそろ窒息しそうなので」
磨き終えたカウンターにいつ客がついてもいいようにコースターを並べながら声をかけてきたガイアの言葉に思い出す。熱に浮かされた恋人を見せたくなくて腕に抱いていたことを。
鍾離は慌てて視線を落とし手を緩める。すると勢いよく胸から顔を放して肩で息をするウェンティに「力加減っ!」と怒られてしまった。
「すまない。あまりにもお前が大人しくしていたから忘れていた」
「そんな理由で窒息死させないでよ!?」
「本当にすまない」
本当に苦しかったぁ……。そう言いながらぜぇぜぇと呼吸音を立てながら膝から降りようとするウェンティ。鍾離はそれを引き留めるよう腕を掴んだ。
「え? 何?」
「何処へ行くつもりだ?」
「『何処』って自分の椅子に戻るだけだけど?」
口付けに夢中になるあまり椅子から降りて恋人に跨ってしまっていたなんて、素面に戻った今はただただ恥ずかしい。
思い出して頬を染めるウェンティは、掴んだ腕を放すよう鍾離を見上げた。すると鍾離が口を開く前に他からとんでもない提案が飛んできた。
「今日は混雑してますからお二人で一席としていただけるのならサービスしますよ」
「! え!? ちょ、ガイア!?」
何を言ってるんだとカウンターを振り返れば、昔の面影を残す笑い顔が。口調こそ『サブオーナー』のそれだったが、何故か以前の彼の口調で聞こえた気がした。
真っ暗闇の中細い弦の上を一人歩き続けていた青年が纏うのは、優しく暖かい風。どうやら『孤独』だった彼はようやく『真実の愛』を知ったようだ。
気がかりではあった存在の今を見ることができたウェンティは嬉しさのあまり『嫌だ』と反論することを忘れ、大人しく鍾離の膝の上に落ち着いた。
「ご協力ありがとうございます。後程お好きな飲み物を一杯サービスさせていただきますね」
先程までウェンティが座っていた席も次の客用に準備を整えるガイア。その所作は流れるようでとても慣れていた。きっと彼はもう何度も其処に立っているのだろう。
(よかったね、ガイア)
自分の居場所が分からず迷子だった少年はもう居ない。
それがこんなにも嬉しくて愛しくて、ウェンティは喜びを分かち合いたいと恋人を振り返る。彼から返されたのは慈しみ深い微笑みと髪を撫でる優しい手。