TREMOLO [ANNEX]

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婚姻の儀

18



 風神像の掌の上に立つ鍾離は自身の首に腕を巻き付け抱き着いてくる恋人を先程と同じように抱き上げる体勢をとると、「お前というやつは……」とため息を吐いた。突拍子のないことをしがちだということは理解していたがせめて断りを入れてくれ。と。
「ごめんごめん。早く早くって気持ちが急いちゃって」
「それでも、だ。……本当に誰にも見られていないだろうな?」
「大丈夫だってば! まぁ見られていてもどうせ夢だと思うよ。今日は結婚式のお祝いでみんな朝まで呑んでるだろうし」
 だからそんなに気にしなくていいと笑うウェンティは鍾離を見下ろし、その頬を両手で包み込んできた。
「どうしても此処で君に伝えたいことがあるんだ」
「それはなんだ? 無茶をしたんだ。相応の理由じゃなければ説教だぞ」
「もう! ムードぶち壊さないでよ!」
 ドッと疲れたと言わんばかりの鍾離の様子にウェンティが見せるのは苦笑い。言い辛くなる雰囲気を出さないで欲しい。と。
 額を小突き合わせ見下ろしてくる恋人に、鍾離は「それで、何が言いたいんだ?」と表情を和らげ続きを促した。
「あのね、モラクス。ボクと結婚してくれない?」
「!?」
 いつも通りの朗らかな声が紡ぐのは、鍾離が予想もしなかった言葉だった。驚き目を見開いた彼が絶句していると、ウェンティは吐息がかかる距離で「永遠に君の隣に居たいんだ」と縋るように呟いた。
「……先の言葉を、気にしていたのか?」
 『お願い』と乞われる申し出に鍾離は漸く反応を返すことができた。
 おそらくウェンティは昼間の酒場でのやりとりの際、婚姻について自分が語った言葉を深刻に受け止めてしまったのだろう。そして慈悲深い心は、自分のために『自由』を手放そうと決断を下したのだろう。
 鍾離が見せるのは、悲し気な笑み。
 あの時言ったように、『自由』を愛する恋人を『契約』で縛り付ける気など全くない。ただその時まで傍に居る事さえ許してくれるのならば、自分はそれで充分なのだから。
「お前が気に病むことなど何もない。先も言った通り、俺はその『契約』を永劫破棄することはできない。これは俺の勝手だ。お前がソレを背負う必要などないんだ」
 大空を愛する鳥を籠の中に閉じ込めてしまうなど、『心』を殺す行為だ。
 鍾離は大切だからこそ、愛しているからこそ、その『契約』は結べないとウェンティに言い聞かせる。
 だがウェンティはそんな鍾離の言葉に「バカ」と苦笑いを濃くした。
「二人のことを一人で自己完結しないでよ。ボクは君に『気を使っている』わけじゃない。確かにあの時まで『結婚』について考えたこともなかったよ? だってボク達は『人』であって『人』じゃないから。でも君の話を聞いて思ったんだ。きっとモラクスはボクの心がいつか変わってしまうと思ってるんだろうな。って」
 真っ直ぐに琥珀色の瞳を見つめ、伝える。どうかこの言葉が彼の心にきちんと届きますようにと祈りながら。
「ボクはそれが凄く悲しかった。ボクだって永劫続くモノは無いって知ってる。でも、起こる変化をどうして悪いものだと決めつけるの? 良い変化もあるってこと、モラクスもちゃんと知ってるでしょ?」
「心変わりを『良い変化』と思えるわけがないだろう? こんなにもお前を愛しているのに、お前の心が離れるなど、どんな理由があろうとも―――」
 苦し気に歪む鍾離の表情。
 その苦しみの原因となる考えを止めるため、ウェンティは彼の唇に口付けを落とした。
 ちゅっと吸い付くように触れた唇。想いを込めた口づけの後、ウェンティは言葉を噤んだ鍾離に目じりを下げて微笑んだ。
「『心が離れる』だけが『心変わり』じゃないよ。……きっとボクの心はこの先変わる。でもそれは君から『離れる』変化じゃない。君に―――モラクスにもっと近づきたいっていう『想い』だよ」
「バルバトス……」
「ボクはずっとずっとキミのことが好きだったんだよ? それこそ、キミがボクを好きになってくれる前から。あの時から、ボクの気持ちは変わってる。昔よりもずっとずっとキミのことが大好き。これ以上好きになることは無いって思ってても、その次の瞬間にそれを飛び越えちゃうぐらいモラクスのことを愛してる」
 こつんと額を小突き合わせるウェンティは、祈るように囁く。だからボクと『契約』して? と。
「ボクは『自由』な心のまま、願うよ。これから先、この命が尽きるまで『キミと一緒に居たい』ってね」
「本当に、いいのか……? お前を『俺』に縛り付けても、本当に―――」
「君がボクに縛られてくれるのなら」
 縋るような眼差しを向けられ、ウェンティは堪らず鍾離の鼻先に頬にと唇を落とす。好きだよ。大好きだよ。愛してるよ。心に留めておけない想いを伝えるように、何度も、何度も。
「バルバトス」
 キスの雨を止めるのは、鍾離の声。呼ばれた名前に再び彼を見下ろせば、真剣な表情で自分を見上げる眼差しとぶつかった。
「この先、この命が尽きるその瞬間までお前を愛すると改めて誓う。だからどうか、俺と『結婚』してくれ」
 真っ直ぐ自分を見つめくる鍾離の眼差しが好きだ。怒りっぽくて口煩いけど、実はそれら全てに優しさが秘められている不器用さも愛おしい。まるで宝物に触るように触れてくる手も、身体の奥底に響く声も、全て、彼を象るその全てを愛している。
 ウェンティが返す言葉は、決まっている。
「喜んで!」
 瞳を細め笑顔で頷くウェンティは鍾離の頬を包み込んで『誓いのキス』を贈り、愛しい人と『契約』を交わす。
「ふふ。本当に『新婚旅行』になっちゃったね?」
「バカを言うな。これはお前の『家』への挨拶だ」
「! あはは。確かにそうだね」
「だから、これから世界を見に行こう。お前と共に見る景色は、きっとこれまでとは違ったものに見える」
「うん。そうだね。モラクスが一緒だと、世界はもっとキラキラして見えるもの」
 愛し気に頬を撫でてくる手に甘えるように唇を落とすウェンティ。
 もう一度唇を重ねる二人はこの先もずっと二人で……と願い、誓い合った。






[終]





2023-08-24 公開



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