遠くから聞こえる賑わいを聞きながら、モンド城で最も空に近い場所へと向かう二人。
他愛ない言葉を交わし、時折戯れとばかりに口付けて来るウェンティに、煽るなと苦笑する鍾離。このまま宿に連れ帰られたいのか? と。
「モラクスのエッチ」
「番に欲情するのは当然だろう」
「でも今は繁殖期じゃないよね?」
「繁殖期以外は抱くなと言いたいのか?」
「! もう、拗ねないでよ! そんなこと言ってないでしょ?」
不機嫌を露わにする鍾離に拗ねている姿が可愛いとギューッと抱き着いて頭を撫でてくるウェンティ。
ご機嫌な恋人に不機嫌を通せないのは惚れた者負けと言うことだろうか?
鍾離は不機嫌面から笑顔に表情を変え、「ああ、外でしたいということか」と意地悪な言葉をかけてやる。ウェンティから返ってくるのは「バカ!」という詰る言葉と大して痛くない攻撃だった。
「何度も言ってるけど、ボクには誰かに見られて興奮する趣味はないからね?」
「俺もない」
「えぇ? その割に外でもお構いなしにキスしてくるよね?」
「それはお前が愛らしいのが悪い。本来なら誰にも見せたくないはずなのに、どうにも我慢が難しくなる」
どうにか抑えてくれと乞われるが、鍾離が言う『愛らしさ』を振りまいているつもりなど毛頭ないウェンティは呆れ顔を見せる。
前々から思っていたけれど、と前置きをして続く言葉は恋人の正気を疑うものだった。
「モラクスって目、悪いの?」
「何故そうなる? その気になれば千里先も見通せるぞ」
「だってボクのこと『可愛い』とか『愛らしい』とか言うじゃない?」
確かにボクの容姿はそれなりだけど……と自身に目を向けるウェンティ。今度は鍾離が呆れたと言わんばかりの表情を見せた。
「疑うのか? それが事実だから口にしているだけだ」
「だから、それが分からないって言ってるんだけど」
「分からなくていい。むしろ俺以外が知る必要もない」
理解に苦しむと言うのなら、永遠に苦しめばいい。恋人がどれほど愛おしいかなど、自分だけが知っていればいいことだから。
そう言い切った鍾離に、ウェンティはあんぐりと口を開いて何も言えなくなってしまう。
まったく、いったいどれほどこの男は自分を愛しているのだろうか。と、その底の見えない深い愛情にいろんな感情を通り越して呆れてしまうウェンティ。
「もういい。モラクスがバカだってことは良ーく分かった」
「ならばそんな男と共にいるお前も大概バカだということになるな」
「! そうですぅ! ボクはモラクスバカだからね!!」
悔しい悔しい悔しい。
そう喚きながらも抱きついてくるウェンティに、鍾離は声を上げて笑った。
戯れる二人の声は夜に溶け、気が付けば賑わいはずいぶん遠くに聞こえる程度になった。
美しい街並みは月夜に照らされ神秘的。
鍾離は最後の一段を昇り終えると、「それで、此処に何がある?」と腕に抱いたウェンティに尋ねた。
静寂に包まれた広場に人の姿は見えず、聳え立つ大聖堂も既に明かりが落とされ静まり返っている。
モンドの街の中で最も天に近い場所から見上げる空は美しく澄み渡り、月明かりに負けじと輝く星々が夜を彩っていた。
璃月とはまた違う街の美しさに、きっとウェンティはこれを自分に見せたかったのだろうと目を細める鍾離。
美しい景色や美味しい食べ物、そして楽しかった思い出。それら全てをウェンティは共有してくれる。『だって喜びは二倍になるじゃない?』なんて笑いながら。
ウェンティにとって何気ない事でも、鍾離にはそれが嬉しかった。
「モンドの夜空もまた美しいな」
「でしょ? でも、もっと最高の場所があるんだけど、一緒に来てくれる?」
「ここ以上の場所があるのか?」
十二分に美しい景色を見せてもらったが、これ以上の場所があるとは驚いた。鍾離は自分はまだまだモンドを知らないんだなと笑った。
「あるよ。どうしてもモラクスと一緒に行きたいから、だから怒らないでね?」
「『怒る』?」
「ほら、こっち!」
何故怒られる心配をするのかと鍾離が尋ねようとしたその時、腕に抱いていたウェンティの身体がふわりと宙に浮く。
その背中には久しく見ていなかった翼が生えており、鍾離が驚くよりも先に風が二人を包み込んで少年は空へと羽ばたいた。
「バルバトスっ!」
「怒らないでってば! 誰にも見られてないから、ね?」
鍾離が声を荒げ名を呼べば、彼の腕を掴んだウェンティはもうすぐだから! と苦笑を漏らした。
その言葉通り、程なくして鍾離の足は何かに触れる。それはモンドを護る風神像の掌で、どうやらウェンティが言った『最高の場所』とはここのことのようだった。