「本当に揶揄っていませんよ。離れ難いとお互いに思い合えるなんて素敵なことだと思います」
だから拗ねないでください。なんて言いながらも雲菫の声は笑っている。
羞恥に耐え切れずますます小さくなるボク。それなのに雲菫はトドメの一撃とばかりにとんでもないことを言って来るから、ボクは「勘弁してよぉ」と泣き言交じりにステージに突っ伏してしまうのだ。
「眠れなかったのは鍾離先生が恋しかったからですか?」
「な、なんでっ―――」
「目の下に隈を拵えて度々呆っとしていたら誰でも分かることですよ。気づかれたくなければ、せめてその隈を隠すぐらいはしないと」
くすくす笑う雲菫は意地悪だ。だって今日一日ずっと『鍾離先生が傍に居なくて夜も眠れないぐらい恋しいんだな』なんて思っていたんだよね?
(確かにそうだけどね!? でもそれでもこんな風に面と向かって図星をさされるとか恥ずかしすぎるってば!!)
唸り声しか返せないボクはあまりの情けなさに今すぐ飛んで逃げたくなってしまう。普通の『人』は空を飛べないことは理解しているからしないけど、それぐらい恥ずかしいってことだ。
「……なんだか、鍾離先生の気持ちがちょっとだけ分かりました」
「? え……? 何? どういうこと……?」
恥ずかしいと嘆きメソメソしていたボクの耳に届く言葉の意味は理解できない。でも、『モラクスの気持ちが分かる』と言われてしまえばどうしたって気にはなってしまう。
雲菫が言う『モラクスの気持ち』とは一体何なのか。窺うように顔を上げれば、雲菫からは綺麗な笑顔を向けられた。
「鍾離先生はいつだってウェンティのことが可愛くて可愛くて堪らないといった感じでしょう? 確かにお二人は恋仲ですし、相手を『可愛い』と思う事は当然だと思います。でも、私にはウェンティは悪戯好きでお調子者というイメージが強くて『可愛い?』となっていたんです」
「ねぇ、色々ツッコミたいんだけど」
「嗚呼、決して悪い意味ではありませんよ? 場を和ませるマスコット的、とでも言いましょうか」
それが誉め言葉と思っているなら、雲菫の感性はズレていると声を大にして言いたい。
けどまぁ、客観的に見ればそうだろうとも思うわけで、ボクは大人しく口を噤んで雲菫の言葉の続きを待つことにした。
「でも今分かりました。ウェンティのこんないじらしくて可愛らしい一面を見れば鍾離先生があんなに溺愛されるのも納得です」
「ボクはいじらしくないし可愛くもないよ」
「そうでしょうか? 鍾離先生とたった数日離れるのも堪えられないなんて可愛らしいじゃないですか。そしてお仕事だから仕方ないと聞き分けて本当は淋しいことを鍾離先生に伝えられていないところはいじらしいと思います」
「……なんでそこまで分かるの」
満面の笑みで頭を撫でてくる雲菫。ボクの方が遥かに年上なのに、なんだか彼女の方がお姉さんのようだ。
仕方のない『弟』を宥めているつもりなのだろうか。本当、さっきからのやり取り全部が居た堪れないよ……。
「鍾離先生が言ってましたから。まさか本当にそのままとは思わなかったですね」
雲菫は「誇張表現だと思っていました」と言うのだけれど、モラクスってば一体何を吹き込んだんだ。
可愛い可愛いと頭を撫でまわす手は、犬猫に対するそれと同じ。
あまりにあまりな解釈に、ボクは雲菫に『誤解だ』と反論しようと顔を上げる。でも言葉を口にすることはできなかった。だってその『反論』が嘘だからだ。
「……お願いだから、その『仕方ない』って顔止めて。恥ずかしすぎる」
「そうですね。ウェンティが明日の練習こそ集中してくれれば」
「ぜ、善処します……」
「そこは『分かった』と言って欲しいですね」
笑顔を苦笑に変える雲菫に、ボクが返せるのは「頑張る」といった約束には至らない言葉だった。
「一人寝は淋しいですか?」
「そうだね。ボクって枕が変わると眠れないタイプだったみたい」
微笑ましそうに笑って尋ねてくる雲菫に、ボクはもう全部バレているならいっそ開き直ることにした。
恥ずかしいことには変わりないけれど、それでも素直に『淋しい』と認めるボク。それに雲菫は少し驚きながらも「睡眠不足は今日限りにしてください」と公演の責任者として注意を促してきた。
「リハーサルだからといって手を抜くことは許しませんよ」
「うん。それは分かってる。ちゃんとライアーのメンテナンスをして明日は文句なしの演奏を披露するよ」
「ええ。是非。そのためにも今日は何が何でも眠ってくださいね」
もし今日も眠れなかったというのなら、私が眠るお手伝いをします。
そんなことを言った雲菫の手には愛用の槍が握られていて、ボクは子守唄で寝かしつけるなどの可愛らしさは皆無の方法で『眠らせる』つもりだと理解する。
「痛いのは嫌いだから、頑張って寝ます」
「痛いのは誰でも嫌だと思いますが、是非とも頑張ってくださいね」
返答に満足したのか槍を片す雲菫。弦の切れたライアーに視線を移すと、これ以上のリハーサルは無理だと判断したのか、今日はこのあとは休息にしようと立ち上がった。
予定よりも早い解散の声に、ボクは一人の時間を持て余すことを見越して帰りに寝酒を買いに寄ろうと思いながらライアーに手を伸ばした。
「ああそうだ。お酒は睡眠の質を下げるので、ちゃんと眠れるまで禁酒してくださいね」
「えぇ!?」
「何か問題でも?」
ボクの行動などお見通しなのか、雲菫は笑顔で圧をかけてくる。もしこれで忠告を無視してお酒に頼ろうものなら、眠れなかった際の『おしおき』が怖そうだ。ボクは「ありません……」とがっくりと肩を落として彼女に従うしかなかった。