TREMOLO [ANNEX]

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風神が悪夢を見る話



「おや? 随分と不満そうだね?」
「不満というか、別に常に一緒ってわけじゃないのにって思ってるだけだよ」
「それを不満と言うんだろう。もっとも、ぼく達が言ったのはあくまでもイメージの話であって本当に『常に一緒』だとは思っていないぞ?」
「そうだね。たとえ10回見かけたら9回は一緒にいたとしても、『常に』ではないからね」
 言葉とは面白い。
 そう笑う行秋は実に楽しそうだ。隣に座る重雲はおそらく友人が言った嫌味に気づいてもいないのだろう。「確かに」と朗らかに笑っている。
 重雲はともかく、明確な意図を持って揶揄ってくる行秋を睨んでしまうのは当然だろう。
 ボクは不貞腐れて「流石文字を操る作家大先生だ」と棒読みで反撃してみる。以前の彼なら、この言葉にもあたふたしていただろう。しかし時の流れは人を変えるとはよく言ったもので、行秋から返ってくるのは「テイワットに名を轟かせる吟遊詩人に褒められるなんて光栄だ」と満面の笑顔が返されてしまった。
「君、可愛くなくなったね」
「残念ながらそう形容される年齢ではなくなったからね」
「年齢は関係ないでしょ。重雲は可愛いままじゃないか」
「えっと……、何故かばっちりを受けていると言う認識なんだが、正しいだろうか?」
 優雅な物腰で笑顔を見せる行秋は一見すると爽やかだ。だが、その腹は真っ黒だとボクは思ってしまう。良家の子息とは他者を欺くことに長ける存在なのだろうか?
 皮肉を返せば、巻き込まれた重雲は困ったように笑っている。同意を得るように視線を寄こしてくる彼に、行秋は「間違ってはいないよ」と肯定を返した。すると重雲は「ウェンティに謝るべきだ」と友人を窘める言葉を発した。
 何故状況を理解していないだろう重雲が友人である行秋の肩を持たないのかと、彼らを知らない者なら思うだろう。でも、ボクは璃月に移り住んでそれなりの時間を過ごしているから、二人の関係性も良く知っていた。
「そうだよ。行秋はボクと重雲で遊ぶ癖を直した方が良いと思うな」
「そんな! 心外だな! 二人を敬愛しているからこその可愛い戯れじゃないか!」
「「自分で言うな」」
 呆れるボクと重雲の声は重なって、行秋はそれを息がぴったりだと手を叩いて称賛してくる。
(本当、可愛くないな!)
 ちょっと抜けたところがあった彼は親しみやすかったのに!
 そう内心行秋の成長を疎んでいたら、賑やかな風が吹いてくる。きっと香菱が戻ってきたのだろう。
 ボクがその姿を確認するよりも先に「お待たせ!」と元気な声が耳に届く。
「あれ? 行秋と重雲じゃない! いつ来たの?」
「やぁ香菱。久しぶりに万民堂で食事をしようと来てみたらウェンティが一人で淋しそうだったから一緒させてもらってるんだ」
 いったい『いつ』ボクが『淋しそう』にしていたのか。
 事実を捻じ曲げて解釈するのは作家故なのだろうか? なんて行秋の饒舌さにボクが呆れていれば、香菱は変わらず朗らかな声で「そっかそっか!」と何故か納得している様子だった。
「鍾離先生、昨日から軽策荘に行ってるんだって。だからウェンティは本当、淋しいよね。アタシ達で良ければいくらでも気晴らしに付き合うよー!」
 いつでも頼って! と言いながらボクの目の前に置かれるのは杏仁豆腐。訂正するのも飽きたとばかりにボクは適当に相槌を返してそれでまだ若干口の中に残る辛みの中和に集中する。
 行秋と重雲にも新作レシピを……! と踵を返そうとする香菱。それを二人が必死で止めているのを見て少しは気分はスッキリした。
「ご馳走様、香菱。杏仁豆腐、美味しかったよ」
「お粗末様でした! 口直しになったかな?」
「うん。もう辛いのは何処かに行ったよ。ありがとう」
「良かったぁ! これでウェンティと雲菫の公演、安心して見に行ける!」
 喉に支障が出てたらどうしようかと内心ビクビクしていたと言う香菱は安堵のあまりテーブルに突っ伏すように伸びている。
 ボクは大袈裟だと笑うのだが、公演の規模を考えるとそうとも言い切れないから心配かけたことを謝るのだ。
「ウェンティは何も悪くないよ。私が苦手を聞かずに試食をお願いしちゃったのが悪いんだから」
「そこはきちんと確認するよう前々からぼくは言っていたはずだが?」
「そうだっけ?」
「悪いことは言わない。香菱に味見を依頼された場合は自分から苦手な食べ物を申告した方が良い。僕と重雲は何度も痛い目に遭ってそれを学んだから」
 真面目なトーンで話す行秋。どうやらこれは嘘や誇張ではなさそうだ。だってその隣で重雲がうんうんと深く頷いているから。
 香菱からすれば心外な事だろう。だが当の彼女は「集中するとつい忘れちゃうんだよね……」と申し訳なさそうに笑っていた。三人の仲の良さが垣間見えるやりとりだ。
「その『つい』で今回の公演の主役の喉を潰してしまったら大問題だぞ」
「だよね。気を付ける!」
「そうした方が良い。でないと鍾離先生も今後ウェンティを置いて遠出が出来なくなってしまうから」
 此処で蒸し返してくるか、このお坊ちゃんは。
 いつの間にかテーブルに並んだ茶器。それで自ら茶を立てた行秋は湯飲みに口をつけながらも意味深に笑っている。ボクが返すのは不満の言葉、ではなく、呆れた表情だ。
「あぁー……、そっかぁ……。確かに鍾離先生に余計な心配事増やしちゃうよねぇ……。本当、気をつけます」
「ちょ、そんな深刻な顔して謝らないでよ。今のは行秋の意地悪なんだから」
「さっきから酷いね。僕は『意地悪』なんて一つも言ってないよ。全て事実だ」
「君が曲解してる『事実』ね」
「ん? それは事実とは言わないだろう?」
「たぶん?」
 真面目なトーンで認識が間違っているかと尋ねている重雲は本当に純粋だと思う。そしておそらく良く分かっていないだろう香菱も。
 ボクは3人に対して「鍾離先生は気にも留めないからね!?」と強く反発する。いや、実際は物凄く心配すると思うけど、それでも恋人としてのボク達のやり取りを知り合いに想像されるのは居た堪れないから、嘘も方便ということにしておこう。
「気に留めないことは無いんじゃないかな? 鍾離先生が君のことをとても大切にしている事実は周知されていることだし」
「そうだね。鍾離先生って誰にでも優しいけど、ウェンティには特に優しいよね」
「ぼくはあの視線を見かけるとどうにも氷菓を食べたくなる。ああ、思い出しただけで気分が……。香菱、冷たい食べ物を用意してもらえるか?」
「おっけー! 任せて! 行秋とウェンティも何か食べる??」
 逆上せそうだと苦笑する重雲の言葉に悪意はない。はず。
 でもその隣で笑う行秋の視線には邪な何かを感じるから、ボクは香菱からの誘いの言葉にお礼だけ返すと早々にこの場から退散することを選んだ。



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2023-08-30 公開



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