TREMOLO [ANNEX]

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二五〇〇年越しの夜



 第四の降臨者と呼ばれた旅人がテイワットから去って随分経った。
 変わった世界に当初は各国各所で見られた混乱は既に終息し、変化に順応した人々が暮らす街は何処も活気に満ちている。
 璃月港でもそれは変わらず、以前よりもずっと栄えた街には多くの人が行き交っていた。
 そんな中、数々の逸話を披露する講談師が常駐している茶屋も連日賑わいを見せ、常連達は巧みな話術に耳を傾けながら親愛なる者達と過ごす時間を楽しんでいた。
 多くの客で賑わっているその茶屋の一角に、とりわけ人目を引く存在が二つ。往生堂の客卿で鍾離と呼ばれる美丈夫と、隣国モンドの装いをした愛らしい少年ウェンティだ。
 二人は言葉を交わすでもなく穏やかな笑みを浮かべ講談に聞き入っていた。
 今日の物語は妹と離れ離れになった妹を探し旅をする少年の武勇伝。それはどれもまだ記憶に残る物語で、観客達も大層満足している様子だ。
 盛り上がりの最高潮で「次回、お楽しみに!」と次の集客を願う講談師の商魂には感服を覚え、鍾離もウェンティも他の観客同様喝采でそれを称え、恭しく頭を下げて舞台から降りる講談師を見送った。
 興奮冷めやらぬ人々は思い思いの感想を口にし、余韻に浸っている。そんな様子を眺めながら、ウェンティは慈しみに満ちた笑みを浮かべていた。
「こういうの、いいね」
「ああ。実に平和でいい時代になったものだ」
「本当に。昔じゃ考えられなかった光景だよね」
 幸せそうな人達を見るとこっちまで幸せになるよ。
 そう言ってテーブルに頬杖をついて友人に視線を向けるウェンティは、穏やかな笑みを浮かべて茶をすする鍾離に笑みを深くした。
 これまで幾度となく戦いに身を置いて来た彼を纏う風はとても優しくて、本当の意味での『平穏』が訪れたことを喜ばしく思う。
「何を笑っている」
「別に? 本当に平和だなぁって思ってただけだよ?」
 此方を見ていないくせに、何故分かったのか。
 相変わらず鋭いじいさんだと笑うウェンティは頬杖をついたまま、誰かさんの態度も随分柔らかいものに変わったし。と茶化す。これまで顔を合わせれば嫌味と悪態の応酬だった自分達も時代に合わせて変化したのかもしれないね。と。
 すると鍾離は笑みを絶やさず「それも多少影響しているだろうが」とウェンティに同意しつつも関係が変化した根本的な原因は別にあると言う。
「お互い背負うものが無くなったからだろう」
「なるほど。確かにそうかも。君は『凡人』の鍾離先生で、ボクは『モンド一の吟遊詩人』ウェンティだからね」
 それ以外の肩書は、もう持ち合わせていないと笑うウェンティは何処か懐かしそうな目をしていた。
 かつて、自分達は鍾離とウェンティではなく、岩神モラクスと風神バルバトスと呼ばれていた。
 璃月の守護神とモンドの守護神であった二人は、時が流れるにつれその立場を変化させていったが、それでも自身が岩神であり、風神であることは変わることは無かった。
 神として民を気に掛け見守ってきた二人。神の座を降りても、それは変わらなかった。
 しかし旅人がテイワットに降り立った時から運命は大きく動いていた。数々の変化をもたらした異世界の旅人は、この地を立ち去る時に岩神と風神を過去の存在としてくれたのだ。
 有していた力が無くなったわけではないが、それでも、二人の意識が変わったのだ。
 我が子を守り続けてきた親が幸せを願い送り出す時のように、二人もまた、民の幸せを願い手を離すことができた。
 重責から解放された二人は漸く、鍾離とウェンティとして―――いや、ただのモラクスとバルバトスとして笑い合うことができるようになったのだ。





2024-02-13 公開



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