TREMOLO [ANNEX]

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君の知らない物語



 生涯をかけて愛する人。ウェンティにとってそれは自身の憧れであり、出会う前から焦がれた存在だった。

 

 君の知らない物語

 

 それはウェンティが風神バルバトスであった頃よりもさらに昔の事。
 まだ名を持たぬ風の元素精霊だった頃、ウェンティは一人の少年と出会った。
 彼は暴風と曇天に囲われた自国――モンドに生きる自由を夢見る人間で、曇天の先にある空を夢見てよくライアーを奏でていた。
 音色に引かれたウェンティを彼が見つけ、共に過ごす時間が増えるごとに仲良くなった。
 彼はウェンティに多くの夢と希望を語った。それらは今のウェンティの礎となっていると言っても過言でないだろう。
 そして、彼の語った異国の話に、ウェンティは見たこともない相手に憧れを抱いた。
 少年が語ったのは、昔話。それは風に閉ざされた国に生まれた彼が老人達から聞いた夢物語だった。
 荒ぶる魔神デカラビアンが民を苦しめるようになる前、隣国に赴いたモンド人は自国との違いに驚愕した。
 民に無関心な自国の王とは違い、隣国の――璃月を治める神は、自国を守る賢王だった。隣国の王は民と契約を結ぶことでその力で民を守り統治している。隣国の民は皆、王を敬愛し、崇拝している。
 その物語を初めて語った時、少年はウェンティに尋ねた。遠くまで行くことができる君は彼の王に会ったことがあるかい? と。
 モンドしか知らないウェンティはその声に首を振り、まさに夢物語だと思った。デカラビアンのような暴君しか王を知らないからこそ、璃月のような優しい王の存在など信じることができなかったのだ。
 しかし、度々聞かされたその夢物語に、ウェンティはいつしか隣国の王に憧れを抱いた。彼が実在しようがしまいが関係ない。『民に愛され必要とされる王』に、焦がれたのだ。
 いつしか自分から夢物語を少年に強請るようになり、彼には『まるで璃月の王に恋してるみたいだ』と笑われたりもした。
 やがて流れた歳月に、ウェンティは少年と共に自由への聖戦に挑み、暴君を討ちとった。
 支配から解き放たれたモンドから曇天は消え去り、目が潰れそうなほどの光が彼の地に降り注いだ。ウェンティはこの光景を友と見たかったと、涙を零すことのできない身体の代わりに風を吹かせ、その風は聖戦の終結を告げる。
 風神バルバトスとして少年の姿を象るようになって暫くした頃、彼は夢物語が人々が紡いだ理想郷ではないと知った。
 テイワットを統治するべく天理から七神という立場を与えられたウェンティは、他の六人の神の中に隣国の王が居ることを知った。
 彼の名は岩の魔神モラクス。璃月の王であり神である彼は、民から敬愛を込めて岩王帝君と呼ばれていた。
 凛々しく、そして雄々しい姿に、昔少年が幾度も唄い聞かせてくれた夢物語に想いを馳せた当時を思い出したウェンティ。
 目が合い微笑まれた時は、心が口から飛び出てしまうのではないかと思ったものだ。
 彼の声は穏やかな春風のように心に浸透し、憧れとの対面に目が回りそうだったウェンティは緊張のあまり大失態をしてしまった。
 あまりにも苦々しい記憶にもう何をしたか覚えていないが、以降、彼の態度は豹変してしまったため相当な事をしてしまったのだろう。
 顔を合わす度に眉間に皺を作られては、随分嫌われてしまったものだと内心泣いていたウェンティ。
 関係は悪化の一途を辿り、いつか好かれたいと夢を見ることすら止めてしまったのはいつのことだっただろう。
 ただこっそりと想う事は許されるだろうと、決して伝えることのない想いを秘めて彼とは『悪友』として言葉を交わした。
 彼が神の座を降り人として生きることを選んだと知った時も、彼の選択に自分なりの激励を贈るつもりで璃月を訪れた。他に人が―――異世界の旅人や他の面々が集う中なら邪険にもされないだろう。と。
 神という重責から解放されて晴れ晴れとした彼の顔を一目見るだけで良かった。彼がこの先も変わらず『賢王』であってくれればそれで。
 それなのに、何故か不可思議な事が起こった。世の中は不思議な事で満ち満ちているとはよく言うが、今自身の身に起こった事は流石に想定外だ。
 何故なら今目の前には『悪友』の姿があり、自分は一糸まとわぬ姿で彼にベッドに押し倒されているのだから。





2023-10-22 公開



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