思い出した過去の断片。それを鍾離に伝えたのは、断言はできなくとも彼以外に心を動かされたことなど一度も無いと言いたかったから。
だからと言って過去の失態を許して欲しいとは勿論言わなかったし、改めてもうお酒は飲まないと己に誓ったぐらいだ。
だがそれなのに鍾離は以降、ことある毎に酒の席に誘ってくる。
最初こそ、自分を気遣っているのだろうと喜んでいたウェンティだが、断り続けているのにこうも誘われては別の意図があると思って当然だろう。
「疑ってるなら疑ってるってハッキリ言ってよ」
鍾離の想いはもう知っている。知っているから、嫌われてしまったのかも……などという勘違いはもうしない。
だからこそ、疑念を持っているなら隠さず教えて欲しいと願うウェンティ。
すると鍾離から返されるのは「そう捉えるのか」という苦笑いだった。
「安心しろ。お前の言葉を疑ってはいない」
「なら、どうしてやたらお酒を勧めてくるのさ?」
疑っていないなら、どうして酒を呑まそうとするのだろうか?
酔った自分が本当に誰彼構わず愛しい存在に見えることを確かめたいという意図ではないと言うのなら、ウェンティには鍾離が考えていることなど検討もつかない。
立ち止まり尋ねるのは、彼の『考え』を知りたいから。勝手に決めつけてすれ違うのはもうこりごりだ。
そう訴えれば、それには同感だと歩みを止める鍾離は苦笑を濃くした。
「もらく―――っ、鍾離先生?」
「いや、言葉にしようとしたら自分の必死さが改めて滑稽だと思ってな……」
「? どういうこと?」
意味が分からないと首を傾げるウェンティ。すると鍾離は苦笑いを浮かべたまま此方を見下ろし、そして―――。
「あの時、ブエルやバアルが俺に見えていたのだろう?」
「うん。たぶん、そうだけど……?」
「なら、彼女達が見たお前の姿は本来俺に向けられたものだ」
「う、うん。そうだね?」
「つまり、……つまり俺はお前に甘えられたい、と、思っている、というか……」
珍しく歯切れの悪い言い方をする鍾離にウェンティが見せるのは驚いた顔だ。
大きく翡翠を見開いて恋人を凝視していれば、機嫌を損ねたような顔で「悪いか」と逆ギレのような言葉が返された。
「恋仲になったにも拘わらずお前が甘えてくるのは伽の最中だけだ。それを不満に思って何が悪い」
「! ちょ、馬鹿! 声が大きい!」
なんだなんだと騒がしい周囲の声に我に返ったウェンティは身長差を埋めるようにつま先立ちになって両手で鍾離の口を塞ぐ。
声を顰めながらも彼に注意を飛ばせば、ムッとした顔を見せる鍾離。その表情があまりにも子供じみていて、ウェンティはまた驚いてしまった。
驚いて、でも直ぐに零れる笑み。なんて愛おしいのだろう。と。
「怒らないでよ。お酒なんて無くても、君が良いって言ってくれるならボクはずっと君に甘えたいって思っていたんだから」
「……なら、それを証明しろ」
「いいよ。でも、君が言い出した事だからちゃんと責任取ってよね?」
途中で甘え過ぎだと怒らないでよ?
そう釘を刺せば「怒らせることができると言うならやってみろ」と言い返されてしまった。
「言ったね? これで怒ったら、契約違反だからね??」
「望むところだ」
お前の全てを受け止めてやるから安心して俺に全てを委ねろ。
そう言い放つ姿は『鍾離』であるはずなのに『モラクス』のようだと笑ってしまう。
ウェンティは、「なら、お手並み拝見!」と鍾離の腕に抱きつき、恋人を見上げ笑った。
彼から返されるのは深い笑みと口づけ。これは長い戦いになりそうだと愛しい存在を見つめれば同じことを彼も思ったのだろう。
二人は顔を見合わせ、笑い合った。