遠ざかる胡桃の後姿を見送った後、ウェンティを振り返る鍾離は楽し気に笑い尋ねてきた。
「随分赤い顔をしているな?」
「もぉ! 誰のせいだとっ!」
「そう怒るな。全て本心だ」
「だっから! そういうところ!!」
揶揄ってるでしょ!? と怒り出すウェンティに返されるのは笑い声。
その姿に意地悪が過ぎると思うものの、本当に良い笑顔を見せてくれるから怒りが持続できなくてまた腹が立つ。
「揶揄ってなどいない。ただ、必死に『普段通り』振舞おうとしているお前が愛おしいと思っているだけだ」
腹立たしさと悔しさ、それに喜びと愛おしさがごちゃ混ぜになって面白い顔をしているウェンティの頭に乗るのは大きな手。
よしよしと撫でてくるその手の動きは恋人に対するものではなく幼子に対するそれのようだった。
不満を露わに頬を膨らませるウェンティだが、この仕草こそ子供っぽいと自分自身に呆れてしまった。
「さて。思いの外仕事は早く終わったようだが、待ち合わせまでまだ少し時間がある。良ければ付き合ってくれないか? ウェンティ殿」
「『イヤだ』なんて言わせる気ないくせに……」
ジトリと恨めしそうな目で彼を見上げれば、愛おし気に目尻を下げて微笑みを返してくる鍾離。
嗚呼もう、あの時――想いが通じ合った時にもうこれ以上の幸せはないだろうと思っていたのに、なんて事か。
彼に逢う度塗り替えられる『最高』に、何処まで自分を幸せにすれば気が済むのかと思ってしまうウェンティは悔しいと言いたげに顔を顰めた。
「仕方がないから、『春』が君のもとに辿り着くまで付き合ってあげるよ」
「それは僥倖。では、行こうか」
スマートなエスコートにトキメキと腹立たしさを両立させるものの、寄り添うように彼の隣を歩いてしまう自分の欲深さには完敗だ。
何処へ連れて行ってくれるのかと道中尋ねれば、新月軒で璃月の美酒を楽しもうと微笑まれた。
以前の自分なら、お酒という単語に喜んだに違いない。
だが、自分達が長年苦しい思いをした原因ともいえる『酒』を嬉々として呑めるほど気持ちは立ち直っては居らず、「気持ちは嬉しいけど……」と苦笑いを返してしまうウェンティ。
すると鍾離はそんな考えなどお見通しなのか、個室で自分と二人きりだから安心しろとまた笑ったのだった。
「……ねぇ、あの話をしてからやたらお酒を勧められる気がするんだけど、これって気のせい?」
「何のことだ?」
「あ、やっぱりそうだ。どうせボクが嘘をついてないか疑ってるんでしょ?」
とぼけたって無駄だから!
そう恋人を睨み付けるウェンティが言った『あの話』とは、鍾離と恋仲になって直ぐ思い出した過去の記憶だ。
鍾離から酒の席での自分の失態を聞いて反省していたウェンティは、バアルとブエル、そしてバアルゼブルにただひたすらに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
だが、反省するため当時の記憶を掘り返していたウェンティが辿り着いたのは、自分に蔑む視線を向けるバアルゼブルから与えられた限りなく真実に近い可能性という名の一言。
――― 酩酊状態とはいえ何故眞やブエルをモラクスと見間違えるのか。貴方は本当に理解不能ですね、バルバトス。
記憶がない為断言はできないが、おそらく自分はあの時ブエルやバアルのことを鍾離と―――モラクスと思い込んでいたに違いない。そう考えれば彼女達に『大好き』だと言い口づけを贈っていたことも納得できた。