晴天の霹靂とも呼べる出来事から暫く経ち、元悪友の態度にも慣れてきた今日この頃、ウェンティは新たな悩みを抱えていた。
それは元悪友である恋人への接し方だ。
他の誰かが居る時は別段変わりはないため問題はないのだが、それが二人きりになると雰囲気は一変し、鍾離が醸す空気がそこはかとなく甘くなる。
最近漸くその差に慣れてきたウェンティだが、鍾離の態度に慣れることに精一杯で、自分がそれに見合う振る舞いが全くできていないのだ。
自分達は恋人同士だと分かっているのに、どうにも上手く振舞えない。
鍾離の甘さが嬉しいと思っているのに、周囲に他者が居る時と同じ態度を返しては、後日一人反省会を繰り広げてしまっている。
誰かに相談しようにも、自分達の関係を知っているものは誰もいないからそれも叶わず、日々焦りばかりが募ってゆく。
恋人から可愛くない態度が返されれば、最初は愛おしいと思っていても繰り返されることで愛らしさは薄れ、代わりに落胆や怒りを覚えるに違いない。
ウェンティにとって鍾離は気が遠くなる程長い歳月恋焦がれた相手だ。
本当に大好きで大好きで堪らない相手に呆れられるなんて耐えられない。
いや、呆れられるのは別に良いのだが、それが原因で恋人関係を解消することになったら目も当てられないというものだ。
此処は羞恥を捨てて恋愛物の娯楽小説のヒロインのように恋人に甘えるべきだと言うことは分かっている。
分かっているのだが、しかし―――。
「ただでさえ男前なのに、二人きりになるとそれに拍車がかかるとかもう本当、勘弁してよぉ!! ―――っ、うわっ」
テイワット一の美男に見つめられて平静を保てるわけがないと悶絶していれば、大木からずるりと身体が滑り落ちる。
力を使いそうになったが、何処で誰が見ているか分からないため枝にしがみついて何とか耐えるウェンティ。
愛用のマントがたなびくのを視界の端に捉えながら地上へと視線を向ければ、かなりの高さがあった。
落ちたらただでは済まなかっただろうと安堵の息を吐いたウェンティは、少しだけ力を使って元居た場所に戻ると体勢を整える。
「はぁ……、まったく、モラクスのせいで散々だよ」
悪態を吐きながらも表情は幸せだと物語っていて、結局は鍾離が好きだから頑張りたいという結論に終着するのが最近の一連の流れだった。
大好きな彼が自分を甘やかしてくれるのだから、自分だってそれに応えたい。
それなのに、どうして素直に振舞えないのか……。
(友達としての時間が長かったから、仕方ないよね? むしろ二人きりになったら全く別人になれるモラクスの方が変に決まってる!)
恥ずかしいと思わない鍾離の方が変なんだと八つ当たりしながら、木の幹に身体を預けるウェンティが見つめるのは遠くの空。
つい数日前にモンドから自国へと戻った彼の後姿を思い出せば、胸元が苦しくなる。
ウェンティは己の胸元に手を添えると、トクトクと命を刻むメロディを掌から感じた。
「逢いたいな……」
数日前に会ったばかりなのに、もう恋しくてたまらなくなっている。
木の枝で足をプラプラ遊ばせる彼は、こんな時以前の自分はどうしていただろう? という回想する。
回想して、璃月の七天神像に『祈り』を捧げに行っていたっけと思い出して、ボンっと音がするほど一瞬で顔が赤く染まった。
(うぅ……どうして七天神像じゃなくてモラクスがでてくるかなぁ……)
別れ際に唇に齎された口づけを思い出すように指でなぞってしまうのは無意識のことだった。