恋人になってからの鍾離は甘い。熟れた林檎よりも、砂糖を入れ過ぎた菓子よりも、二人きりになると彼の態度は甘く豹変する。
触れる指先からも『愛している』と言われているような気になるほど愛おしげに触れる彼との関係は、口づけ一つで赤くなる程度の進展しかないわけではない。
思い出すだけで顔から火が出そうになることも、もう何度もしている。
それでも、こうやって口づけを思い出すだけで顔から湯気が出そうなほど茹ってしまうのは、ウェンティが変化にまだ慣れていないから。
恥ずかしくて毎度毎度恋人としては失格だと思える態度をとってしまう自分に恋人が返すのは「無理に変わろうとしなくていい」という気遣いの言葉。
しかしウェンティからすれば、『無理』などしているつもりは微塵もない。
むしろ、これまでの関係性が邪魔しているだけで本当は甘えたくて堪らないのだ。
二人きりになると肩を、腰を抱き寄せてくる鍾離に、大好きだと寄り添い抱き着いて甘えたいのにどうしてこの羞恥を取っ払うことができないのか……。
こんなに大好きなのに心のままに振舞うことができないことがもどかしく、辛い。
ウェンティはどうすれば彼にこの想いを伝えられるだろうとぼんやりと木漏れ日を眺めた。
(七天神像になら、伝えられてたのになぁ……)
彼を模した神像になら、素直に『大好き』を伝えられていた。
だが今はそれすらも難しい。何故なら、彼が神像を通して全てを見ていると知ったからだ。
これまでの数えきれないほどの告白も全部筒抜けだったと知った日には、顔から火が出るどころの騒ぎじゃない。穴があったら入りたいぐらいの羞恥だ。
そしてそれを告げられた時は、泣いて詰って酷く取り乱してしまったものだ。
「うぅ……大好きなのにぃ……」
彼を思うだけで胸が苦しくなる程大好きなのに、どうしてこうも上手くいかないのか。
思い出す大好きな恋人の笑い顔に、逢いたくて胸が締め付けられてしまう。
「ウェンティさん」
「! んん? ……あれ? ディルック?」
再び悶絶しそうになったウェンティは呼ばれた名前に木の根元へと視線を降ろす。
するとそこにはモンドの貴公子と名高い美男が此方を見上げていて、何故彼が此処にいるのだろうと目を瞬かせてしまった。
風立の地に何か用があったのだろうかと首を傾げながらも手を振ってみせれば、頭を抱えて何やら呆れた様子を見せる大切なモンドの民。
しかし、何に対して呆れられているのか分からないウェンティは、苦笑いを浮かべ座っていた木の幹から飛び降りた。
普通の人間なら大怪我を避けられないだろう高さからの落下。だが、人外であるウェンティにとっては平坦な道と大差ない。
風の力を使ってまるで小鳥のように優雅に大地に降り立てば、自分を呼んだ貴公子からは盛大な溜め息を貰ってしまった。
「呼んでおいて酷くない?」
「普通に降りてきてください。こう言っては何ですが、不用意な行動は避けるべきでは?」
ご自身が何者か隠すつもりはないと仰るのなら話は別ですが。
苦言のような言葉に肩を竦ませるウェンティは、気を付けるよと『注意』を素直に聞き入れた。