「勿論正体を明かすことはしない。でも、相手さんが得意先であることもまた事実だ」
「『正体を明かさない』ってどういうことさ。相手は『バルバトス』と逢いたがっているんでしょう?」
意味が分からないと眉を顰めるウェンティ。顔は見えずとも不機嫌が声色に表れてしまったのは仕方ない。
電話口から聞こえるのは申し訳なさそうな声色。ガイアにしては珍しい音に、仕事とはいえ自分が無茶を言っている自覚はあるのだろう。
それもそのはずで、ウェンティにはアカツキの社員として立場を偽って参加してもらい、『バルバトス』の担当者としてスネージナヤ社のお偉方に挨拶をしてもらいたいとの事だった。
「そういう話がまかり通るなら、ボクじゃなくても良いでしょう?」
「はは。そうなるよなぁ」
「なるでしょ」
「だよなぁ」
「ガイア?」
彼が困っている事が電話口からも良く分かる。
友人を困らせたいわけではないウェンティが覚えるのは罪悪感だが、理由も分からず安請け合いをすることは出来なかった。
(あまり目立つことしないようにって、言われたしなぁ)
思い出すのは鍾離の事―――ではなく、自分を育ててくれた人たちの事だった。
厳しいながらも優しかった両親と最後に言葉を交わしたのは、家を出た時。
一族から去る選択をした自分を最後の最後まで心配してくれた人達の事を久しぶりに思い出したウェンティが覚えるのは、懐かしさだった。
その事実に驚きを覚えるウェンティ。だが、時が流れれば変わることもあるかと思い直し、あれからもう一〇年近く経っているのかと感慨深さに浸った。
「実は、社運を賭けた商品のCMにも『バルバトス』大先生の楽曲を使いたいって言われててな」
過去の感傷に浸っていれば、友人の声に現実に引き戻される。
慌てて「うん」と相槌を返せば、更に言い辛そうにガイアは言葉を続けた。
「下手に間に人を入れるよりも直接交渉したいっていうのがご要望で」
「それなら、ボクは『バルバトス』として逢うってことにならない?」
「いや、『バルバトス』のマネージャーとなら話が付けられるって先方にはもう連絡を、な……」
尻すぼみになる声に、なるほどと納得した。
何故こんなにも言い辛そうにしているのかと思ったが、つまりガイアは自分の承諾を得ずに受ける返事をしてしまっていたということだ。
ウェンティはしばしの沈黙の後、盛大な溜め息を吐いた。
「……悪い」
「その謝罪は友人間では有効だね」
「うっ。……本当に申し訳ありませんでした」
意地が悪いと思いながらも、これはビジネス話だから仕方ない。
ウェンティの言いたいことを察したのか、ガイアは友人ではなく、ビジネスパートナーとして再度パーティーに出席してくれるよう懇願した。