自身の研究室の前に到着した鍾離はドアノブに伸ばした手を止め、隣に立つ恋人を見下ろす。
視線に気付いた恋人はにこっと笑みを浮かべ、鍾離の言いたい事を察したかのように周囲を見渡すと誰もいないことを確認し、瞳を閉じて上を向いた。
鍾離が愛おしい恋人に口づけを落とすのは、それからすぐの事。
触れるだけのモノだったがその感触を堪能するように吸い付き、離れる時にはチュッと音が奏でられる甘い口付け。
閉じていた瞳を開けば幸せそうに笑うウェンティが目の前に居て、鍾離の目尻も優しく下げられた。
「職場でこんなことするなんて、悪い先生だね」
「同感だ」
くすくすと笑うウェンティに鍾離も笑い返し、二人してダメな大人だと軽口を交わした。
ドアノブを握る鍾離は恋人に視線を向け、「開けるぞ?」と確認する。
どうぞとジェスチャーを返すウェンティに研究室のドアを開けた鍾離が目にしたのは、一か所に集まって何やら楽し気に騒いでいる学生達の姿だった。
「なんだか楽しそうだね?」
「! ウェンティさん、こんにちは。いらしてたんですね」
キャッキャと騒いでいる学生達を横目に鍾離の助手の一人、甘雨に声をかけるウェンティ。
仕事に集中していただろう甘雨はビクッと肩を竦ませ明らかに驚いた様子を見せて、相変わらずの仕事人間だと感心してしまう。
手を止め振り返る甘雨は他者を和ませる笑顔を見せ、お茶を淹れますねと席を立とうとする。慌ててそれを止めるのは、もう一人の先輩助手に彼女が怒られることを恐れてのことだった。
「ボクの事は気にしないで! いつも通り勝手にさせてもらうから!」
「ですが……」
「本当、大丈夫! あんまりボクに構ってると、また魈に怒られるよ?」
それは甘雨も嫌でしょ?
悪戯な笑みを浮かべて甘雨に耳打ちするも、地獄耳の助手にはばっちり聞こえてしまっているようだ。
「人聞きの悪いことを言わないでもらいたい」
「もー! 盗み聞きは良くないよ?」
「ならば我に聞こえる距離で話すな」
遠く離れているわけでもあるまいし嫌でも聞こえると不機嫌な面持ちの魈の登場に、ウェンティは怒らないでよと慌てて鍾離の元へと駆け寄った。
魈はそれに慌てた様子で「卑怯だぞっ」とウェンティの行動を窘めた。
「部外者である貴方の出入りに目を瞑る条件として先生の邪魔をしないと約束したはずだっ」
「邪魔なんてしてないってば! ね? 鍾離先生?」
「邪魔ではないが、あまり魈で遊んでやるな。お前と違って真面目なんだぞ」
「ひどーい! ボクだってそれなりに真面目なのに!」
とってつけたように頬を膨らませて見せるウェンティに魈は頭が痛いと項垂れ、甘雨は相変わらずですね……と苦笑いを見せている。
鍾離は助手達に申し訳ないと思いながらも、それでも恋人が可愛くてどうにも強く注意することができないといった様子だ。
このまま鍾離の傍に居れば自分を甘やかす恋人が周囲から呆れらえてしまいそうだと思ったウェンティは、「そう言えば勤勉な学生君達は何に夢中なのかな?」と、先程から1台のパソコンの前に釘付けになっている3人の学生の元へと駆けて行った。