(あーあ。早く家に帰りたい)
穏やかに微笑んでいる鍾離の横顔に、ウェンティは恋人から壁に掛けられた時計に視線を移す。
時間はまだ昼過ぎと呼べる時間。彼がいつも家に帰って来る時間まで、まだ優に6時間はある。仕事が忙しい事は理解しているが、偶に早く帰って来てほしいと思うのは仕方ない。
(うぅ……甘えたい……モラクスがあんなキスするから悪いんだ)
思い出すのは、エレベータでの事。
何故か急に嫉妬を露わに自分の職場で強引に唇を奪ってきた恋人の表情を思い出せば、どうしたってたまらない気持ちになってしまう。
二人きりの時にしか―――自分しか見ることのない『男』の顔をした鍾離に出会ってしまえば、抗う間もなく甘い気持ちが身体を満たすから困ったものだ。
「ウェンティ」
早く時間が過ぎないかな。
そんなことを考えながら時計を眺めていたら、呼ばれる名前。ハッと我に返って振り返れば、上着を羽織る鍾離の姿が目に入った。
「何?」
「昼がまだだっただろう? 食べに行くぞ」
「! うん! 行く!」
「魈、甘雨、少し出てくる。何かあればすぐ連絡をくれ」
自分の助手とはいえ二人に諸々丸投げするなんて酷い教授だ。
なんて思うウェンティだが、彼が自分のために時間を作ってくれることが嬉しくて窘める気にもならないのだから同罪だとも思う。
魈も甘雨も二つ返事で快諾し、敬愛する教授を見送る。
鍾離はウェンティの前で一旦足を止めると、「何が食べたい?」と恋人にだけ見せる優しい笑みを浮かべ、希望を尋ねた。
その言葉に「今から考える」と笑顔を返すウェンティ。その笑みは本当に幸せそうで、見る者の心を暖かくした。
「駐車場に着くまでには決められるか?」
「んー、頑張る」
「ああでも、昼間から酒が呑みたいとは言ってくれるなよ?」
「流石に言わないってば!」
揶揄う言葉に格好だけ不機嫌を装うウェンティ。
膨らませた頬を擽ってくる鍾離は、その手で恋人の手を握ると、『教授』の顔をして振り返ると助手達に「後は頼んだ」と言葉を残し研究室を後にした。
「いってらっしゃいませ」
見送る甘雨の声は、二人の耳に届いただろうか?
ぱたんと音を立てて閉まるドアに、研究室に流れるのはしばしの沈黙。
「……はぁ~、相変わらずラブラブだぁ~」
「香菱、そんな気の抜けた声で分かり切ってることを言わないでくれ。ますます胸焼けが酷くなるじゃないか」
「ぼくも、なんだか顔が熱くて熱でも出たようだ……」
「もー! 行秋も重雲も、そんなこと言ってるからダメなんだよ!」
あたしもいつかあんなラブラブな恋人が欲しい!
大好きな少女漫画のような恋愛に憧れる香菱の声に、幼馴染の男二人は顔を見合わせなんとも言えない顔をしていたとか。