TREMOLO [ANNEX]

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ずっと二人で…



 幸いなことに1階に降りる間もエレベーターに人が乗り込んでくることは無かった。
 たった十数秒でも恋人として抱き合えている事が嬉しくて、甘えるように鍾離にしがみつくウェンティ。
 恋人にそんなことをされて、彼を溺愛している男が愛おしいと思わないわけがない。
 1階に着く前に僅か数秒でも唇を重ねる二人。
 到着を知らせる振動に、ウェンティは名残惜しいが鍾離から離れようとするのだが、当の本人は抱き上げた腕を解こうとしなかった。
「モラクス?」
「具合が悪そうに振舞うことはできるか?」
「! 当たり前でしょ? そういうのは大得意さ!」
 嬉しそうに表情を輝かせるウェンティは、エレベーターの扉が開く頃にはぐったりとした様子で鍾離に身体を預けていた。
 上階に向かおうと待っていた同僚は降りてくる鍾離の姿に驚き慌てている。彼が具合の悪そうな学生を抱き上げているのだから、まぁ当然の反応だろう。
 彼らは「大丈夫ですか?」とウェンティを気に掛け、部外者だとは気付いていない様子。多くの学生が在籍しているのだ。自身の講義を受講していない学生の顔など覚えていなくて当たり前だ。
 鍾離は心配そうな同僚に「大丈夫です。今から保健センターへ連れて行くので」と当たり障りのない対応をして彼らの隣を通り過ぎた。
 駐車場までの道のりは遠くは無いが、近くもない。
 構内を歩けば学生とすれ違うことも勿論あって、その度に何事かと視線を向けられてしまった。
 気分が悪い振りをしているウェンティは、鍾離の評判を気にして大丈夫かと不安になる。きっと彼は『問題ない』と笑うだろうが、魈からは大目玉を貰うことになるだろう。
 やっぱり気になって、演技を続けながら「いいの?」と小声で尋ねるウェンティ。鍾離から返って来たのは、想定通りの返事だった。
「魈に怒られるよ?」
「それが何か問題か?」
 助手に怒られることなど些末な事だと自分を抱き上げたまま歩く鍾離の顔は凛としていてかっこいい。
 盗み見たその姿にまた彼を好きになって悔しいウェンティは、素直に喜びを伝えられずに可愛くない反応を見せてしまう。
「可哀想じゃない?」
「何がだ?」
「魈。ボク達のせいでいつか魈の胃に穴が開いちゃいそうだよ」
 何が可哀想なのかと怪訝な声を上げる恋人に、自分を慕う相手をもう少し労わってあげなよ。と余裕振るウェンティ。
 すると鍾離から帰って来たのは、「やけに魈を気に掛けけているな」という不機嫌な声だった。
 思わず病人の振りをするのも忘れて顔を挙げれば、声だけでなく表情も不機嫌なものになっていた。
 いつも穏やかな鍾離教授。それが学生が持つ彼への印象だろう。
 それなのに今の彼の表情はその好印象が崩れかねないモノになっていて、深く刻まれた眉間の皺にウェンティは驚き、でもくすりと笑って彼の肩に頭を預けた。
「そりゃ気に掛けるさ。だって魈は君の大切な助手なんだから」
 先の悔しさなど、何処へやら。改めて彼が大好きだと感じて、むしろ幸せのあまり心がぽかぽかしてきた。



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2024-01-29 公開



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