TREMOLO [ANNEX]

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狂戦士の誤算

10



 意識を崩れる青年の首に伸ばされる手は倒れることを許さない。
 ぐったりと重力に身を任せるその姿は死人然としていた。おそらくこのまま放って置いても命は尽きるだろう。だが、僅かでも残る生存の可能性に鍾離は危険因子排除のための行動を止めることはなかった。
 確実に己の手で命を奪う。その為に槍を振りかざす鍾離。しかし、彼の槍が青年の心臓を貫く前にその手を止めるように穏やかな風が吹き込んできた。
 眼光だけで射殺せそうなほど青年を見据えていた鍾離はその風に目を見開き、槍を、青年を手放す。踵を返し駆け寄る先には、痛みに耐えながらもこちらに手を伸ばす少年の姿があった。
「バルバトスっ!」
「だ、だめだよ、モラクス……、殺しちゃ、だめ……」
「喋るなっ!」
 その体躯を抱きしめるように支え起こし、傷に触ると安静にするよう求めた。
 だが少年―――ウェンティは震える指で鍾離の上着を掴むと「聞いて」と彼の制止を無視して言葉を続けた。
「ボクは、大丈夫っ。血が、たりないだけ、傷も、致命傷じゃないから」
「分かった。分かったから。良いから言うことを聞け」
「モラクスっ! お願い、彼を、彼の傷を……」
 ウェンティが言う『大丈夫』という言葉にどれほどの信憑性があるのか、医学知識が浅い鍾離には分からない。分からないからこそ、恐れる。その言葉がただの気休めだったら? と。
 一刻も早く医者に診せなければと焦る鍾離。ウェンティはそんな彼の名を声を荒げ呼び、自身ではなく死にかけている青年の身を案じる言葉を続けた。
 鍾離の表情は険しくなり、「必要ない」と突っぱねる。だがウェンティは食い下がり、青年の傷を塞ぐまでは自分は治療を拒むと言ってきた。
 頑なな少年の考えが理解できない。自分の命を脅かした男のことなど放っておけばいいものを何故救おうとするのだろう?
 青年が好戦的なことはその身を持って理解しているはずだ。おそらく彼は傷が癒えれば同じことを繰り返す。
 鍾離はこのようなことが二度とあってはならないと怒りを滲ませた。
 だが、自身の手で止めを刺すことはもうしない。そんな時間を割くことすら、今は惜しかった。放っておけばいずれ尽きる命。仮に生き延びたとすれば、それは天が彼を生かす判断をしたということ。不本意だが、甘んじて受け入れよう。
 無慈悲にも青年を見放した鍾離。その頬に生暖かい液体が触れた。ウェンティが自身の血に塗れた手を伸ばし、怒りに我を失っている男に正気に戻るよう訴えかけたのだ。
「お願いだよ、モラクス……、君の誓いを、ボクのせいで破らないで……」
「っ―――、破ってなど、いない。……俺は俺の大切な者を護るために危険を排除するだけだ」
「ダメだよ。ボクのために、咎を背負わないでよ……、そんなことされたら、君の傍に居られなくなる……」
 力なく笑うウェンティは、今此処で青年を見殺しにすればきっと自分は自分を責めてしまうと訴えた。自分が弱いばかりに鍾離に人を殺めさせてしまった。と、決して消えることのない罪悪を抱くことになる。
 傍に居たい。一緒に永い時を過ごしたい。他愛ないことで笑い合い、時に言い合いをし、それでもそれらすべてを幸せだと感じ合いたい。
 そんな自分の望みを奪わないで欲しいと鍾離を見つめるウェンティ。悲しそうな悔しそうな表情で血に塗れた手を握りしめる鍾離は、「酷い脅し文句だ」と笑った。
「モラクス、ごめんね……」
「分かった。お前の想いはちゃんと受け取った。……誰も見殺しになどしないと約束する」
 だから、今は休め。
 そう言って汗の粒が浮かぶ額に鍾離が口付けを落とせば、ウェンティは安心したように再び意識を手放した。



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2023-07-26 公開



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